街歩き1
お茶会での一件で私には2週間の暇が出されました。最初は1週間の予定でしたが、凛としたお声で「頭を冷やしなさい」と言われれば従わざるを得ません。
レイブン家に仕える者はその多くが平民の出です。給金が欲しいという目的がほとんどですが中には、事情があり帰る場所がない者もいます。
そのような者たちにはレイブン家が管轄する寮での暮らしが与えられます。王城の近くにあり街の賑わいを近くに感じることができます。
1人1部屋で3食出てくる実に快適な寮です。
暇を出され、本当に暇になった私は部屋の窓辺に設置した椅子に座りナイフを研いでおりました。
私の息遣いと研ぐ音だけがしばらく響いていましたが、弦のように張っていた緊張はノックの音でプツリと切れました。
「開いています。どうぞ」
「どうも」
聞き覚えのある男性の声でした。
物音を最小限にして入ってきたのはグーラッド様でした。
「おや……珍しいお客様ですね」
「謹慎されたと聞いて様子を見に来ましたが、思ったより普通にされてますね」
ナイフを研いでいたことからは全力で目を逸らしてグーラッド様は言いました。
服の上に乗っていたゴミをまとめて捨ててから椅子から立ち上がりました。お客様にはお茶を出すのが最低限の礼儀ですから。
「普通に見えたのなら幸いです。お嬢様に会えずストレスの溜まっている胸中を隠しきれているということですから」
ポットからとっくに渋くなっている茶をグラスに注ぐ。
明らかに色の濃い飲み物をグーラッド様は涼しい顔で飲みます。流石、王直属の護衛騎士。表情管理が完璧です。
「ところで、あなたはアルフレッド王子の護衛騎士でしょう?こんなところで油を売っていて良いのですか?」
「僕の今の格好をよく見てください」
そう言われて青年の服装に視線を向けます。
いつもの騎士服ではなく、普通の私服のようです。カジュアルな服装は彼によく似合っていますが……ものすごい違和感がありました。
「護衛騎士にも休日くらいあります」
「……本当は?」
「実は、王子殿下の気を損ねちゃいまして……」
「心底不本意ですが似たもの同士ですね」
「君こそあの方の機嫌を損ねるなんて珍しいですね」
「お嬢様へ無礼を働いた令嬢の喧嘩を買っただけです」
「ふ〜ん」
微妙な沈黙が流れます。
今頃シャルロットお嬢様はどうされているでしょうか。
私の代わりに入ったメイドは何か粗相をしていないでしょうか。
お嬢様は寂しかっていないでしょうか。お怪我やご病気はされていないでしょうか。
不安で胸がいっぱいになります。
「イザベル」
「なんでございましょう?」
「今日は君に手伝って欲しいことがあって来ました」
「用事?」
「王子殿下がもうすぐ誕生日なのは知っているでしょう?」
もちろん知っております。一ヶ月後、その誕生祭が開催される予定ですから。
ですが、それがどうしたというのでしょう。
グーラッドは少し話しにくそうにしながらもごもごとしています。何か聞こえますが微妙に聞き取れません。
「はっきり喋ってくださいます?」
「だから!王子殿下にプレゼントを渡したいんです!」
「……王子殿下にあなたが?アルフレッド様の欲しいものなんて想像が出来ませんが……」
「だからイザベルに相談に来たんです!!」
なぜか赤面するグーラッド様。正直、野郎の赤面なんて私にとっては美味しくも何ともないのですが。
え?もしかして"そういう"関係なんですか?護衛騎士が主人に『恋心』なんて禁断すぎて考えられません。そもそもアルフレッド様には婚約者がいらっしゃいます。
自分のことを棚に上げていることに気づかない私は、一度深呼吸をしました。
平静を保って話を再開させます。
「私に相談されても困りますよ」
「僕はずっと護衛騎士として王城にいるし、そもそも貴族出身だから街を歩いたことがないんです!」
まるでカクテルを浴びるほど飲んだあとのようにグーラッド様はグラスをテーブルに叩きつけました。
雰囲気なんてないのに雰囲気酔いをしたような行動に、思わず笑ってしまいました。
いつもピシッとしていて隙のない彼にこんな一面があるとは思いませんでした。
「分かりました。ちょうど退屈していたところです。謹慎期間内であればお好きなだけ付き合って差し上げます」
「本当ですか!?感謝しますイザベル!」
謹慎中は武器の整備をしている予定でしたが、どうやらそれは無理なようですね。