お嬢様の生活14
周囲のご令嬢たちがいっせいに注目する中、現場へ到着したシャルロットお嬢様がセナ令嬢へ手を差し伸べられました。
営業スマイルを浮かべられてお嬢様は心配そうな声音で言いました。
「セナ令嬢。お怪我はございませんか?」
しかし、白魚のような手は静かに打ち払われました。
貴族の階級の中でも頂点に近い位置にあるレイブン家のお方の手を振り払うとは何たる無礼でしょう。
私の中で苛立ちのメーターがグングン上がっていきます。
「何です?このテーブルクロスは。危うく割れた食器で手を切るところでしたわ」
威圧的な声でセナ令嬢は言いました。
「安全確認がきちんとできていないのではなくて?こんな危険な会場に、よく人を呼ぼうと思いましたわね」
主催した側として無礼な行動ができないシャルロットお嬢様は口を噤んでおられます。
「深窓の令嬢はそれらしく屋敷に籠っていれば良いのです。これまでロクに社交界に出てこなかったのに突然パーティーを主催するなど都合が良すぎですわね」
ついに私は我慢の限界を迎えました。元々、我慢強いほうでもなければ、お嬢様を責め立てられて無視できる大きな器を持っているわけでもありません。
私があれやこれやを無視して行動するのは必然だと言えるでしょう。
「その言動。あまりに無礼です」
メイド服のドレスの裾を翻して、セナ令嬢とお嬢様の間に割って入ります。
メイドの乱入にセナ令嬢は顔を顰めました。
「無礼なのはあなたの方ですわ。ただのメイドが貴族に口答えをする気?」
「身分の階級についてのお話でしたらそちらにも非がございます。あなたが手を打ち払い、必要以上に罵倒し貶めたお方を誰と心得ておられるのです?」
「いくら公爵令嬢と言っても客人に対して安全と礼儀でもてなすのが主催者としての責務。階級を理由に言い逃れするのは些か横暴ではなくて?」
「主催者としての責務の範囲を勘違いしておられます。セナ令嬢が今なさったのは"他人からの気遣いを無駄にする"という人としての品格が問われる行為でございます。主催者だからというだけでお客様である令嬢が何をしても良いという話にはなりません」
「そういうあなたこそ、メイドとしての役職の範囲を勘違いしているのではなくて?メイドならばメイドらしく割れた食器や汚れたカーペットの掃除でもしていれば良いのです。あなた、確かシャルロット傍付きのイザベルだったかした?随分お調子に乗っているようだから教えてあげるわ」
セナ令嬢が一歩前に出て私を鋭く睨みつけました。
紫の瞳に反射している自分の顔も鋭いものになっています。
「良いこと?メイドは雑用なの。ただの道具なの。優秀なら使えなくなるまで顎で使い、使えなければ即切る。お金を貰っている働いている分際で逆らうことは許しませんわよ」
「お言葉を返すようですが。私がお仕えしているのはレイブン家であり、お傍に着いているのはシャルロットお嬢様でございます。あなたではありません、セナ令嬢。それなのに、セナ令嬢のメイドに対する歪んだ考えを言われても困ります」
「あなたねぇ……!」
「両者、そこまで!!」
鋭い声が私と令嬢の言い合いを止めました。
間違えるはずもなく凛と張ったお嬢様のお声に、私は勢いよく振り向きます。
そこには常の笑顔を収め、冷え冷えとした表情のお嬢様がいらっしゃいました。
「セナ令嬢の言動はヴィーシャの貴族令嬢に相応しくありません。ファウブル伯爵様は貴族の品位を貶めるようにセナ令嬢をご教育されたのですか?」
「我が家門を侮辱する気ですの?」
「この場へ来るということは、家門を代表して来るということ。ただのお茶会だと思って来たのなら大間違いです。あなたの行動及び言葉は伯爵閣下の思想だと受け取ってもよろしいのですか?」
「……っ!」
「イザベル・グラジュリア。あなたも少し度が過ぎています。一週間の謹慎を命じます。この場から退場しなさい」
お嬢様のお声でようやく頭が冷めました。確かに貴族と対等に言い合うなど少々やり過ぎてしまったようです。
シャルロットお嬢様のお言葉は絶対。
私は一礼をすると素早く会場から離れました。
後から聞いた話ですが、セナ令嬢も行き過ぎた注意を謝罪し言動を撤回。シャルロットお嬢様も安全確認が行き届いていなかったことを謝罪し、ついでに私の無礼についても頭を下げられたそうです。
伯爵閣下や公爵閣下の方まで話が行くほど大事にはなりませんでした。
セナ令嬢もですが私もカッとなりやすい性格を変えなければなりませんね。
イザベル反省一色の結末に終わりました。
まぁ、シャルロットお嬢様の本来のお姿が垣間見えたことを考えれば些細なことでございます。