幕間✿イザベルの昔話✿
王城でのいざこざから1週間が経ちました。皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか?
私はいつも通り女神様と平穏に暮らしておりました。言うまでもないかと思いますが、女神様とはもちろんシャルロットお嬢様のことでございますよ。
国1番の医師に「怪我はなし」とお嬢様が太鼓判を貰ってから1週間。
私は今まで以上にお嬢様の周囲に気を配るようになりました。
庭園の薔薇の棘がお嬢様に悪さをしないか。
床に敷かれた絨毯がお嬢様の足を掬わないか。
安全だと思っていた邸宅でも、こうして見てると危険がたくさんあるのです。
気を張り続け、睡眠は最低限にし、常にお嬢様を見守っておりましたところ……。
体調を崩し寝込む羽目になったのは昨日からのことです。
何たる失態でしょう。お嬢様の目の前で倒れ心労を負わせた挙句、お傍についてお守りすることが出来ないなんて。
お嬢様のお世話は信頼出来るメイドの任せておりますが、不安なものは不安です。
体調が悪い時は嫌な夢を見ます。寝たくないのに体は重く、瞼が落ちます。
私はお嬢様のことを思い、少しだけ眠りに落ちました。
今回お話致しますのは、私が見た夢の話……いえ、実際にあった過去の出来事でございます。
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投げつけられる泥。たまに混ざる石が小さな体に傷をつけていきます。
けれど、幼い私は反撃もせずじっと地面にうずくまっておりました。
小さく、できるだけ小さくなって息を殺し、泣き声1つ出しません。
まるで存在を消そうとしているように見えます。
小さな私を取り囲んでいた同じ年頃の女の子達が、飽きたのか走って去っていきました。
隠す必要も無いので申し上げますと、私は幼い頃虐められていました。
当時は「化け物」という大層なあだ名がついておりました。
理由を説明致しましょう。
私は普通より少しだけ優れておりました。
勉強は常に1番の成績。特に努力したわけでもないのに、難しい計算式を難なく解けました。
また、運動神経もずば抜けておりました。大の大人と比較しても、それは異常であったようです。
努力を知らない本物の天才。壁など知らない生意気な子供。
それが私でした。
人間というものは自分と違うものを排除したがる生き物です。私はそう認識されるのに十分な条件を満たしておりました。
よって「化け物」と罵られ虐められていたのです。
この虐めは、大人も黙認しているもので誰も私を助けることはありませんでした。
両親は既におらず、私はある老夫婦に引き取られて育ちました。
老夫婦は私を虐めることはありませんでした。ですが、暖かく接したり愛情を与えることもありませんでした。
そこにいるから最低限の管理はする。置物のような扱いです。けれど私はそれで満足でした。
殴られることも、物を投げられることも、訳もわからず怒鳴られることも無い。当時の私にとって、老夫婦の家は唯一の安息の場所でした。
その認識が一気に変わったのは14歳の頃でございました。
突然の目眩に私は襲われました。。
いつも通り、具の少ないスープを啜っていた時のことです。
胸から競り上がる不快感を皿に出すと、透明だったスープが赤く染まりました。言うまでもないく血でした。
私は驚いた顔で老夫婦を見ます。彼らも驚いた顔で私を見つめておりました。
そしてこう言ったのです。
「化け物」と。
聞いたところによりますと、どうやら私は少しずつ毒を盛られていたそうです。少しずつ体内に溜まった毒は、その日に致死量を超えたはずでした。
しかし私は血を吐くに留まり生き残ってしまったのです。
本当に「化け物」だったのです。
老夫婦は怯えて私を追い出しました。
毒を溜めた体で治安の悪い街を徘徊しました。何度、血を吐いたことでしょう。
毒は効きが遅かっただけで、私を殺すには十分でした。
足跡のように地面を汚す血を、私は嬉しく思いました。
死にたかった訳ではありません。ただ、私は「化け物」じゃないと自信をもてたのです。毒で死ぬなら自分は中身はちゃんと人間だったと証明になりました。
死にそうになってようやく、私は生きていることを実感しました。
街の路地で倒れているところをリンデ様に発見された私は、医療機関で治療を受けました。毒はある程度を残して体内から排出され、頭の良さも運動神経の良さもちゃんとした理由がつけられました。
医師いわく、頭が普通より良いのは脳の活動領域が普通より若干広いからだ、ということです。
運動神経が普通より良いのは、おそらく両親が天性のスポーツマンからではないか、ということでした。
でもそんなことはどうだって良いのです。
退院後、レイブン家のメイドとして仕えることになりました。お嬢様と運命的な出会いをしたのもその時です。
頭がいいからお嬢様をお守りできる。
運動神経がいいからお嬢様のお役に立てる。
今、私はとても輝いています。
「化け物」でもいいとすら思えるほどに満ち足りています。
忘れたものと思っておりましたが、存外覚えているものですね。
私の昔話は以上となります。
皆様にも辛い出来事がおありでしょう。希望を見失って、生きることが嫌になっている方もいましょう。
ですがどうか諦めないでください。
悪口を言われたら別の視点に立って、言葉を前向きに受け取りましょう。
生きることが嫌になったら、1度現実から目を背けてみましょう。きっと見落としている大切なことがあるはずです。
笑ってください。今の私のように。
暗闇しか見えなくたって、必ず光はあります。
光がなくては影ができないように。
あなたの道に光はあるのです。
熱に浮かされると普段言わないことを言ってしまうものですね。
本日はこれにて失礼致します。
シャルロットお嬢様のお役に立つために、一刻も早く体調を回復させなければなりませんから。
頑張りすぎているあなた。深呼吸をして空を見上げてみましょう。
俯いているあなた。ずっと下を向いていると猫背になってしまいますよ。
生きることに疲れたあなた。無理やりにでも笑ってみましょう。あなたは笑うことを忘れていませんか?




