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お嬢様の生活その10

 散乱した窓ガラスの破片。

 それぞれの髪を揺らすそよ風。

 唖然とするアルフレッド王子と、音を聞き付けて入室したグーラッド様。


 予想もしていなかった登場にさすがに私も言葉を失い立ち尽くしてしまいます。


 静寂の中で艶然と微笑むシャルロットお嬢様は、こんなときでも女神のようです。その美しさは紛れもなくお嬢様である証明でございます。


 しかし、どうやって2階の高さにあるこの部屋に飛び込んで来られたのでしょう。


 そこまで考えて私はようやくある重大なことに気づきました。


「シャルロットお嬢様!お怪我は……どこかお怪我はされていませんか!?」


 広い部屋を走って横断し素早くお嬢様の体を確認します。

 何せ窓ガラスに激突し飛び込んできたのです。切り傷や打撲の危険性があります。


 ガラスでできる切り傷は基本的にたくさん出血します。服が赤く汚れているところはないか隅々まで確認し、傷を負っていないか血眼になって探しました。


 見たところ特に怪我はないようですが、もしかしたら……ということもあるかもしれません。

 今すぐ邸宅へ帰宅し医者をお呼びして調べていただく必要があります。


 私の血相に今度はお嬢様の方が唖然としております。

 その細い腕を丁寧にしかししっかりと掴むと、出口に向かってスタスタと歩きます。


 王子との話がまた済んでいませんが今はそれどころではないのです。


 もしお嬢様の陶磁器のように滑らかな肌に傷があったら?

 傷を放置したことで跡が残ったり後遺症が出たりしたら?

 ショックと罪悪感で私は正気を保てなくなるでしょう。


「まだ話は終わっていないが?」


 憎たらしいほど長い王子の腕が私たちの道を塞ぎました。

 焦って心に余裕が無い私は思わずギロっと睨みつけてしまいます。

 舌打ちをしなかったことは褒めていただきたいですね。


「私はお嬢様の傍付きメイドの任より離れることはございません。つまり王宮に行く気はありません。それと優秀なメイドがご所望でしたら、平民の女性向けにの募集を募ることをお勧め致します。このご時世、その辺の貴族院のご令嬢より平民の女性の方が有能ですから」


「スナイパーは使えるのかい?」


「訓練をさせてはいかがでしょう」


「護身術は?」


「余程の箱入り娘でなければ皆さん習得されています」


「忠誠心は?」


「それは王子殿下の人となりに掛っております。忠誠を余さず捧げたくなるようなお方になってくださいませ」


「これは1本取られたな。君は王族の圧力が怖くないのかい?」


 恐らく逆らったあとの報復が怖くないか、と聞いているのでしょう。

 もちろん、私の言動をきっかけにレイブン家とシャルロットお嬢様に迷惑がかかるという事態は避けなければなりません。

 しかし……。


「権力で屈服させることが王政のあり方でしょうか?反対意見を言えば罰を与えるのがあなたのやり方でしょうか?望むものが手に入らないからと暴力を奮うのは、失礼ながら幼子と何も変わりません。その在り方を変えなければ、ヴィーシャの治安は良くはならないでしょう」


 この国は変わる必要があります。

 これまでは王族の言う事は絶対の強制力を持っておりました。政治は王族、または裕福な家庭に有利な政策ばかりを打ち立てておりました。

 だから貴族の家に盗人が入り込もうとするのです。


 そうしなければ家族を養っていけないから。

 そうしないれば明日をも知れぬ命だから。

 全てを捨ててでもこの手を汚さなければならない。


 これまで私が発見し尋問し更生させてきた盗人の方々の証言です。


 盗みを働いてまで生きていて欲しい愛する子を、盗むという罪に染まった手で抱き締める。これほど悲しいことがありましょうか。


 平民として生まれ貧しい中で両親は私を育ててくださいました。時には自分たちが食べる分すら私に分け与えてくださいました。

 その両親は訳あってもうこの世にはおりません。


 しかしそんな家庭がヴィーシャの光の裏に隠されています。各所に点在する孤児院が良い例でしょう。


 国を変えたいと思いながら国の実情を見ようとしない王子を、私は冷え冷えとした眼差しで見上げました。


「視野を広げ、見聞を深め、民にとって良き王になることを一平民として祈っております。それでは、本日はこれにて失礼致します」


 前を遮る腕を避けるのも兼ねて頭を下げて退室します。途中で呆れ笑いを浮かべているグーラッド様と目が合いましたが、特に何も言わず過ぎ去りました。


 これで私やお嬢様の罰が下るなら、アルフレッド王子はそれだけの器だったということでしょう。ですが、彼ならばきっとこれまでの在り方を変えてくれるはずです。


 とんでもなく無礼を働きましたが、きっと大丈夫だろうという安心感がありました。

 柔らかい言葉で柔らかくお断りする、という当初の計画はどこへやら。

 一先ずこの騒動は解決、ということにしておきましょう。

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