お嬢様の生活その1
ごきげんよう。顔も名も分からぬそこのお方。
百合の香りを感知してやってきたのか。それとも単なる気まぐれか。
どちらにせよ、私の独白へ足を踏み入れたあなたは非常に幸運です。
なぜかとお聞きになりますか。
そんなこと決まっているではありませんか。
これから、この世で最も美しく、可憐で、聡明でありながら鈍感でいらっしゃるシャルロットお嬢様の起床タイムなのです。
朝の起床時間。それは女性の最も無防備な時間であり、寝起きの美しさこそ、その者の本当の美しさが分かります。
何も飾っていないありのままの寝ぼけた姿。
その尊い光景を見ることが出来るのです。幸運と言わずしてなんと言いましょう?
おや、私としたことが申し遅れました。
私の名前は、イザベル・グラジュリア。
シャルロット・レイブンお嬢様の傍付きメイドにございます。
え?何歳なのか?
女性にそんなことを聞いてはいけませんが、ここは自己紹介の場。包み隠さずお教え致しましょう。
今年で21歳になります。6年前の15歳の頃よりお嬢様のお世話をしてまいりました。
お嬢様は今年で16歳になりますので、10代の多感な時期を一緒に過ごしてまいりました。
有力な貴族であるレイブン家の御息女であらせられるシャルロットお嬢様と違い、私の生まれは育ちと共に平凡でございますゆえこれ以上紹介することはございません。
あぁ、うっかりしていました。お嬢様にお褒めいただいた青い髪と瞳の特徴をお伝え忘れておりましたね。
自己紹介もそこそに、ついに私はやってきました。
お嬢様の寝室の前です。
扉1枚を隔てた向こう側に、無防備なお嬢様がいると思うと、毎朝の事ながら胸が高鳴ってしまいます。
とはいえ、はしたなく上気した顔を御前に晒す訳にはいきません。
歴戦のメイドとして気持ちを切り替えて扉を優しくノックします。
「シャルロットお嬢様。イザベルにございます」
すると寝所から気だるげな声が小さく聞こえました。
正しく言葉を発音していませんがその辺も完璧な愛らしさにございます。
サンバを踊り出す脳内の私を静かにさせながら、静かに入室します。
最上質の品ばかりを集めながらも、上品さを保っているのは単にお嬢様のご趣味が優れているためです。
天蓋ベットのカーテンを静かに開けていくと……天使が丸まって眠っておりました。私はいつの間に天国に来たのでしょう。幸福のあまり魂が抜けてしまったのでしょうか。
頬を抓るとしっかり痛いので生きていたようです。
上質な絹のシーツの上に身を預け、手近なクッションを抱きしめてお眠りになるお嬢様。
女神様がご自分のベットを間違えてしまわれたのかと毎日思います。
ふわりと広がる銀色の御髪。
ゆるゆると持ち上がるアメジストの瞳。
白くキメの細かいお肌。
長い手足と美しく整ったお顔。
なんて美しいのでしょう。
尊すぎますお嬢様。
「おはようございますお嬢様」
「ん……おはよ……」
「本日もご機嫌麗しゅう」
「待ってね。今、起きるから……」
そう言って身を起こそうとするも再びその体は絹に沈みます。
朝にめっぽう弱いところも大変お可愛らしい。
これからお嬢様をお起こししたら朝の入浴に向かいます。
しかし、さすがにお嬢様のご入浴を詳細にお伝えすることは憚られます。
よって今回はご想像でお楽しみくださいませ。
入浴を終えた後は、お可愛らしいご朝食のシーンになりますのでそちらの独白もお聞きいただければ幸いでございます。
それではこれにて失礼致します。
「さぁ、お嬢様。沐浴に参りましょう?」