第99話 いつかのジークハルトの回想2
魔術学院の試験は僕も受けることになった。
魔術学院初等部の推奨年齢がちょうどその当時の僕の年齢、五、六歳前後で受けることを推奨されていた。
それに加えて、魔術学院初等部の設立目的が特殊属性魔力保有者の発見と確保、そして教育にあることから、僕はまさにその目的に大きく適合していた。
学院長先生が言うには、当初は無試験での特別枠としての入学も検討されていたらしいが、流石にそれは問題があると母上が僕にも試験を受けさせることにした。
そもそも、特殊属性魔力保有者にとって、魔術学院の試験はそれほど難しいものではなく、一応の筆記試験はあるものの、入学の可否は特殊属性魔力を持っているかどうかで決まる。
筆記試験の方はあくまでも入学後、どの程度の教育から始めるべきかの資料になるくらいで、それによって入学できるかどうか決まるものではない。
通常属性の魔力を持つ者たちについては、この筆記試験の成績も併せて合否判断の材料にされるので、かなり問題視されそうな仕組みだと思うが、それについては事前に十分に母上が説明を重ねてきたこと、そして試験直前の説明において、初等部副部長のサロモン教授の使用した特殊属性魔術の力を見せつけられることによって、ほとんど批判の声は聞かれなかった。
実際に試験を受けた感想としては、やはりあまり難しいものではなかった、ということになる。
筆記試験については一般的な五歳、六歳の子供に求められている物で、ファーレンス公爵家の跡取りとして育てられた僕にとっては容易なものだったし、特殊属性魔力の有無を調べる魔道具については、特に何かする必要があるわけでもなかったから。
ただ、それでも多くの受験生は、筆記試験はともかく、魔道具の方については怖がっているようだった。
そもそも、機構が複雑であるためにかなり巨大な機械となってしまっていて、近づくだけでも子供にとっては勇気がいるようなものなのだ。
そんなものが存在する部屋に一人ずつ通されて、順番に特殊属性の有無について調べられる。
怖がるなというのも無理のある話だった。
その中でも特に怖がっていた受験生がいて、
「……二七五番、マレナ・クレト! ……? いないのですか。マレナ・クレト!」
と、試験官の男性が呼んでいるのに震えて立ち上がれない少女がいた。
格好からして平民のようで、目線を下に向けたまま固定していた。
このまま放っておけばせっかく受けにきたのに不合格にされてしまうかもしれない。
そう思った僕は、彼女のところにいって、
「大丈夫? 呼ばれているよ……多分、君だよね、マレナって」
そう話しかけた。
すると彼女は、
「う、うん……でも怖くて」
そう答えたから、僕はその時浮かべられるだけの笑顔を顔に浮かべて、
「あの機械、なんだかおっきいもんね。でも何にも痛いことはないよ。僕、前にあれで調べられたことあるけど、痛くなかったから」
「そ、そうなの?」
「うん。さっとやってぱっと終わるんだよ。だから大丈夫」
経験者の台詞は思ったよりも少女に効いたようで、蒼白だった少女の表情は徐々に普通の色に戻って、
「わ、私行ってくる!」
と慌ててかけて行った。
そんな彼女の背中に僕は、
「うん、頑張って」
と手を振ったのだった。
その後の入学式において、僕とマレナは再会した。
誰が合格したかについては、どこかに張り出されたりするわけでもないので、入学式まで顔ぶれはほとんどわからなかったのだ。
母上もその辺りについては人に決して言ったりはしない人だから、知る方法がなかった。
それでもほとんど、なのは、オクルス伯爵の長女、そして僕の友達であるイリーナについてだけは、お互いの合否について知らせあっていたからだ。
と言っても、僕も彼女も特殊属性魔力は持っている、とお互いによく知っていたから、落ちるとは少しも思ってはいなかったのだけれど。
入学式には当然、イリーナやそのご両親もいたけれど、マレナとは座った席が近く、入学式が開始する前に再会を喜んだ。
「……マレナ、だよね? 君も受かったんだね」
「うん。あなたのお陰だよ……本当にありがとう。あっ、そう言えば名前を聞き忘れてたんだけど……」
「そう言えばそうだね。僕の名前は、ジークハルトだよ」
「ジークハルト……なんだかかっこいい名前だね」
「昔の英雄から取ったみたいだから、ちょっとすごい名前だなって思う時もあるよ。だから、僕のことはジークって呼んでくれると嬉しいな」
「ジーク、ジークね。分かった」
そんなふうに話していると、
「あら、ジークさま。そちらの方は?」
と、声をかけられたので振り返ると、そこにはイリーナが立っていた。
言葉遣いが昔よりしっかりしていて、小さな貴婦人、と言った感じだ。
実際、それに見合った気品も宿ってきていて、それはマレナにも理解できたようだ。
少し不安そうな顔をしていたので、僕はイリーナに言う。
「この子はマレナだよ。試験の時に順番が近くて知り合ったんだ」
「なるほど、そうでしたか。マレナさん。私はイリーナと申します。よろしくお願いしますね」
「あっ、イリーナさま、ですね。マレナです……」
「まぁ、さま、なんて必要ありませんよ。お互い、これから同じ学院に通うのですもの」
「でも……」
「それに私にさまをつけたら、ジークさまにも付けなくてはならなくなります」
「えっ?」
ここでイリーナは気づいたらしい。
僕の方をちょっとだけ責めるような表情で見て、
「……ちゃんと言ってないのですね」
「いいかなって」
「よくないですわ。もう。マレナさん。この方は、ジークハルト・ファーレンスさまです。ファーレンス公爵家の次期公爵様なのです」
それは、マレナの表情が硬直した瞬間だった。
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