第98話 いつかのジークハルトの回想1
今になって振り返っても、僕の母上はとてもすごい人だ。
初めてそう認識したのはいつの頃だっただろう。
一番分かりやすいのは、魔術学院に入学した辺りになるけれど、そのずっと前から、もしかしたら僕が生まれるよりもずっと前からすごい人だったのかもしれない。
僕の名前は、ジークハルト・ファーレンス。
ファーレンス公爵家の長男で、いずれはファーレンス公爵家を継ぐことになる……らしい。
らしいというのは、今となってあまり実感がないからで、それは父上と母上がとてもすごい人だからで、あの人たちと同じことがそのうち出来るのかと言われても、正直全く自信がないからだ。
ファーレンス公爵家を継ぐというのは、二人の代わりをするということなのだから。
特に物凄いのが母上で、一体いつ寝ているのだろうか、といつも思ってしまうくらいだ。
公爵夫人としての基本的なお仕事……と母はよく言うけれど、そういう捉え方をしているのは母上だけだと思う……である、夜会やお茶会の主宰や準備はもちろんのこと、それ以外にも父上の事務仕事の手伝いや、市井に出て実際に街や村、そこにある施設などを視察し、その改善点や良いところをまとめたりもしている。
更に言うなら、母上は凄腕の魔術師でもある。
母上は、最終的には僕の方が母上よりずっと強くなる、といつもいうのだけれど、とてもではないけどそれが実現可能なこととは思えない。
なぜなら母上は一人でオーク数百頭の群れを全滅させてしまうほどの実力者なのだから。
しかも、その対象は普通の群れではなくて、立派な砦まで作り上げるほどの知能と指揮官、それに技術力を持った強力な群れである。
小さな頃にその話を聞いたときは、世間の貴婦人というのはみんな同じことができるものだと思っていたけれど、とんでもない話だったと今では思う。
そんな貴婦人がどこにでもいたらイストワードは軍や騎士ではなく貴婦人に支配されているだろうから。
そんな母上であるから、魔術師として果たさなければならない仕事もたくさんあって、《魔塔》と呼ばれる、この国でもトップクラスの魔術研究機関の長であるカンデラリオ様ともとても親しい。
出会うとまるで昔からの親友……というか、論敵というか、そんな感じで侃々諤々の議論をしている。
まるで喧嘩しているように見えることすらもあって、それを初めて見た使用人は慌てるか、止めるかどうしようか迷ってきょろきょろしたりしているけれど、慣れた使用人たちが見ないフリをしているようにむっつりと黙り込んでいる姿を見て、あぁ、これがこの家の普通なんだ、と最後には死んだような目で諦めるから昔からちょっと、面白いと思っていた。
そんな《魔塔》、そしてその主であるカンデラリオ様と母上は研究仲間で、僕の持つような特殊な力、特殊属性魔力について深く研究している。
特殊属性魔力については存在自体は広く知られてはいたけれど、母上やカンデラリオ様が研究を本格化する前はほとんど何もわかっていなくて、特別な人間が特別に授かる不思議な力、くらいの感覚で扱われていたらしい。
けれど、二人が研究をして、それは魔力を持っている人間の中にそれなりの割合で保有する人がいるということがはっきりしてきた。
それにこれを人為的に覚醒させることができることも。
今までは、これについては持っている人がいても通常、覚醒させることができず、死ぬまで使えないままで終わるのが普通だったと当時は母上が言っていた。
だからこそ、それを使える人は特別な者として扱われてきたのだとも。
でも実際に、僕や、オクルス伯爵家の長女のイリーナなんかは、普通に使えるようになったし、きっかけがあれば覚醒させることは十分可能なものだとも徐々にわかり始めていた。
そういう僕たち、という分かりやすい例がいることもあって、母上とカンデラリオ様は研究をさらに深め、人為的に特殊属性魔力を覚醒させる方法を確立して、その結果、魔術学院においてその実践的教育が行われることになったのだ。
細かいことを言うと、そもそもはカンデラリオ様や学院長先生の暗躍が発端でもあるらしいのだけど、母上は一見怖い人に見えて、実際は懐の広い優しい人だ。
全部理解した上で、それが必要なことであるとわかったら、素直にその任を受け入れたのだと思った。
そして母上の学院のための奔走が始まったのもその頃だ。
母上は学院の初等部の部長、と言う立場になったのだけれど、まずはその周知から始めた。
国内各地を自らの足で周り、多くの人に対して、貴族平民問わず説明会を開き、情熱を込めて学院初等部の存在と、その意義とを説明したのだ。
初めのうちは公爵夫人が酔狂で何かを始めたかのように見られていたけれど、実際に少しでも調べてみれば、母上がカンデラリオ様と学会においていくつも論文を発表し認められていることはわかるし、今回の初等部の創設も、そう言った業績に基づいて、学院長が自ら母上を招聘したこともわかることだった。
そこまで理解できれば、この初等部というのが相当な比重を置かれて創設されたものであることも理解でき、さらにその門戸は今まで見向きもされなかった、魔力は持っているが属性を持たない子供にも開かれているのだ。
これらの事実はある日から急速に国内に広まり始め、そしてその噂は多くの受験生たちを学院試験に呼ぶことになった。
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