第97話 担任・公爵夫人
「……特殊魔力保持者十人、か。全体の合格者五十人と比較してみると少ないように思えますね」
魔術学院、学院長室で、部屋の主人であるキュレーヌ・メインがそう言った。
彼女の対面には初等部部長である私、エレイン・ファーレンスと、副部長でありキュレーヌの弟であるサロモンが座っている。
今回の試験結果について色々と話し合うためだ。
特に特殊魔力保持者についてはここにいる三人以外に深く知る者は外部の人間になってくるため、必然的にこのメンバーで話す必要があった。
「しかし、姉上。特殊魔力保持者など、我々古貴種であっても滅多に見つからぬ存在です。それをこれほどまでに容易に十人も集めてしまったことは、快挙であると言っていいかと」
「それについては私も同感です。今のはただの感想で、本当に少ない、と思って言っているわけではありませんよ」
「そうでしたか……」
「ですけど、ここからが我々の正念場です。しっかりと特殊魔力保持者を育て上げ、覚醒させて、その有用性を示さなければなりません。そうでなければ、特殊魔力保持者はいずれまた、いないものとして扱われる、そんな流れに向かうことでしょうから」
私はそんなキュレーヌの言葉に、
「確かにその危惧はありますわね。実際にサロモンの力を見れば、有用性など明らかに思えますけれど、だからこそ排除しようという者が動かないわけもありませんもの」
「その通りです。イストワードに限った話ではありませんが、今まで貴族の継嗣といえば、一族の中でも最も強力な属性魔力の使い手が選ばれることが普通でした。なぜなら、その人物こそが最も強いからです。分かりやすい話ですが、貴族とは本来戦う者。今でこそ権力闘争に耽っている者ばかりですが、そもそもは外敵から身を守るために固まった集団の長です。であればこそその思想は正しかったのですが、特殊魔力保持者が現れると、少し話が違ってきます。属性魔力は特殊魔力より扱いやすく、発現させることも容易で、その方法も確立していますから早いうちにその才能がはっきりしますが、後になってそれを超える特殊魔力保持者などが現れると、その家は……」
「揉めますわね。事実、今回の試験で合格した特殊魔力保持者と、その兄弟とでピリついているところは何組か見ました。幸い、どちらかが落ちた、という組み合わせは今回はおりませんでしたが……」
「いずれはそのような組み合わせが生じることもあり得るでしょうね。本当に頭が痛いですが……取り入れると決めたことは今さら覆すつもりもありません。エレイン様、それにサロモン。初等部を頼みましたよ」
そう言って頭を下げたキュレーヌに、私とサロモンは深く頷いたのだった。
*****
慌ただしく時は過ぎていき、魔術学院の入学式が恙無く終わった。
魔術学院においては、基本的に生徒は平民貴族問わず、皆、学生寮に入って生活することになる。
身分差については全く考慮されないというわけではないが、貴族がその権力を笠に着て自分より身分の低い貴族や平民に対して居丈高な態度をとることは禁じられており、これが発覚した場合には停学、場合によっては退学処分になることもある。
このルールは実際に運用されていることは、毎年少なからぬ貴族が退学処分になっていることからも明らかで、そういった運用ができるのは学院長がキュレーヌという古貴種であるからだろう。
普人族であったら、それが貴族であっても平民であっても、何かしらの問題が生じることは想像に難くない。
古貴種にとっては、貴族も平民もほぼ同じものとしか感じられないから、遠慮というものが存在しないのだった。
魔術学院は入学後、一応のクラス分けがなされる。
一応の、というのはあくまでも連絡のためにされる区分けでしかなく、集まる機会はそれほど多くないからだが、今年は少し毛色が違っている。
というのも、初等部には特殊魔力保持者が十人おり、彼らについては通常のカリキュラムでは対応することができず、しばらくの間、彼らは一纏めにして管理する必要があるからだ。
一般的な教養や、魔法学については通常と同じように教育されるのだが、魔術の実践という一点においてはそもそもが初めての試みであり、一種の実験台と言っても過言ではないところもある。
そしてそんな特殊魔力保持者のクラスを担当するのは、私、エレイン・ファーレンスだ。
確実に特殊魔力保持者の力を目覚めさせられる自信があるのは今、この時代においては私だけであり、カンデラリオですらもまだそこまでは言えない。
だからこそ私が担当するしかないのだ。
しかし、今回の指導において、はっきりとした実績を残せば、それを他の者にマニュアル化して伝えることも可能になってくる。
特殊魔力は人によってそれぞれ性質が大幅に異なるから、マニュアル化などなかなかできないように思われるが、実際にはある程度の教え方というものはある。
それを私は、この学院で実践するつもりだった。
かつかつと廊下を進んでいき、教室の扉に手を掛ける。
ガラリと開いて、教壇の上に立ち、席に座る十人の生徒たちを睥睨して私は言った。
「皆さん、今日からこのクラスを担当する、エレイン・ファーレンスです。どうぞよろしくね」
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