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第96話 ある少女の話(後)

 もしかしたら殺されるかも。

 そんな想像をしていたあの時の自分を叱り付けてやりたい。

 マレナは王都に向かう馬車に揺られる道すがら、そんなことを思った。

 馬車の中にはマレナだけでなく、もう一人、つまりはマレナの母親であるアサレアが座っている。

 しかも驚くべきことにこの馬車の乗員は、御者と護衛を除けば乗っているのはマレナと母だけしかいなかった。

 というのも、この馬車を用意してくれたのは、つい先日、マレナを魔術学院の試験を受けるように勧めてくれた貴婦人……エレイン様で、改めて彼女のフルネームを聞いたときは母と二人で卒倒しそうになった。


 彼女の名前はエレイン・ファーレンス。

 つまりは、このイストワード王国の屋台骨を支える貴族としてまず一番最初に名前の上がる貴族であって、それはつまり王家に次ぐ”偉い家”の人であるということなのだから。

 小さな村で村人たちから遠ざけられるように生きてきたマレナたちでさえも普通に名前を知っている貴族であり、そんな人が目の前に唐突に現れたのだ。

 驚くなというのが無理な話だった。

 その気になればマレナとアサレアの二人程度、視線を動かすだけでこの世から完全に消滅させられるような権力者なのだから、人生に一度でもそんな人にお目にかかれる機会があるとはマレナもアサレアも想像していなかった。


「……それにしても、本当に大丈夫なのかしら……」


 王都が近づいてきて、徐々に不安が大きくなってきたのかもしれない。

 アサレアがきょろきょろと落ち着きがない様子で窓の外を見つめ、そう言った。

 マレナはそんなアサレアに言う。


「……エレイン様はとってもいい人だったよ。だからきっと大丈夫」


「でも……」


「お母さん、エレイン様を信じられないの?」


「……マレナ。ごめんなさいね。分かっているの。とってもいい話だってことは。エレイン様は……マレナに試験を受けることを勧めてくれただけじゃなくて、もしもあなたが落ちたとしても、住む場所とお仕事をそのご領地で用意してくださるとおっしゃっていたもの。あまりにもいい話すぎて、疑いたくなるけれど……こんな馬車や、エレイン様ご自身のお力を見たら……私たち二人くらい騙したりせずとも、力ずくでどうとでもできるでしょうしね」


「うん。エレイン様、凄かった……」


 思い出すのは、村でのことだ。

 マレナがエレイン様に魔術学院に興味がないかを聞かれ、そこに行けば衣食住は確保できるし、望むのであれば家族と一緒に魔術学院のある王都に移り住むことも可能だと説明され、それなら行きたいと言うと、彼女はすぐに村長に話を持って行った。

 当然のことながら、村長はアサレアを囲おうとしていたのであり、その機会を完全に奪おうとしているエレイン様に対して、色々と反対し、最後には暴力に訴えようとまでしていた。

 身分を考えればそんなことをすれば最終的にどういう事態が待っているかなど少し考えればわかりそうなものなのだが、村長は村の最高権力者として長年自らの意思が通らなかったことがなかったことが災いした。

 さらに、エレイン様自身の力を全く想像もしていなかったことも問題だっただろう。

 少し前に何故か弾き飛ばされたことを思い出せば、その危険も分かっただろうに、そういう頭の働かせ方すらも出来なかったらしい。

 結果として、エレイン様をどうにかしようとかかっていった村長は、岩で作られた槍にその腹部を突かれ、吹き飛ばされ、さらにはそんな村長の姿を見た、村長の取り巻きと思しき村人たちも村長に続いたが、やはり全員が一撃で昏倒させられてしまった。

 後になってみれば、村長も含めて皆、特段怪我などは負っておらず、相当な手加減をされていたことが分かったが、その時のエレイン様は村人からすれば鬼か悪魔のように映った。

 ただ、マレナにとっては今までの鬱憤全てを晴らしてくれる神のような人に見え、この人のいうことなら全て信じられるような気持ちになった。

 

 そしてその後、気絶から目を覚ました村長に、訥々と交渉し、最終的にはマレナとアサレアが村を出ていくことが正式に了承された。

 マレナとアサレアはとうとうあの村から解放されたのだ。

 そして、その後二人にエレイン様からなされた説明は、村を出た後、魔術学院の試験を受けるために王都に向かうこと。

 その日取り。

 宿などについてはエレイン様の側で全て準備してくださること。

 荷物などについてもまとめておけば持って行ってくださること。

 さらには魔術学院受験後、もしも不合格であっても住む場所も仕事も紹介するから心配はしないでおくことなど、これ以上ないくらいの好条件が示され、怪しんでいた母アサレアも最後にエレイン様の名前を聞いて合意したのだった。


「……マレナ。誘ってくださったエレイン様のためにも、試験、一生懸命頑張るのよ」


「うん。勉強はいっぱいした。でも……魔術は使えなかったけど」


 エレイン様は試験のために学ばなければならない知識をまとめた書物をくださり、それを使ってマレナは勉強してきた。

 しかし、肝心の魔術については、本を読んでもさっぱり分からなかった。

 むしろ、娘だけに大変な思いをさせるわけにはいかないと一緒に勉強していたアサレアの方が小さいながらも魔術を発現させてしまって驚いていたくらいだ。

 これで種火には困らないわね、なんて言っていたが、マレナとしては魔術学院には母の方が入った方がいいのでは?などと少しだけ思ってしまうくらいだった。

 

「……そろそろ王都ですよ」


 御者がそう声をかけてきたので、マレナは母と一緒に窓の外を見る。

 今まで見たこともないくらいに大きな都市の姿がそこにはあって、あそこに私たちの新しい生活があるんだと思って、マレナはアサレアと笑い合ったのだった。

読んでいただきありがとうございます。


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どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 辺鄙な村で虐げられてきた親子が字が読める?!
[気になる点] 村長と取り巻きは水戸黄門の悪役と同じ末路ですかね。劇中で語られないところで処刑
[一言] ちょっと気になりました。 訥々と交渉する、だとエレイン様が遠慮しながら言葉少なめに交渉しているように感じます。 村長サイドならわかりますが、主導権はエレイン様でしょうから無礼をされた後ですし…
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