第94話 サロモンとの出会い
「……どうやら、概ね理解していただけたようですね」
サロモンが少しばかりホッとした様子で、試験を受けている受験者たちと、その親たちの表情を見ながら言った。
講堂でのサロモンの行った特殊魔力による魔術の行使は、一歩間違えれば彼らを恐怖の渦に落とし込むようなものだったが、あの後、
「……従来の属性魔力を持たない者も、このような力に目覚める可能性があるのです。これを放置しておくのは危険であると同時に、学院において学んでいただき、その才能を目覚めさせることは、我が国において大いなる利益となるでしょう」
と続けたところ、むしろ拍手が起こった。
今まで、属性魔力がないから、と家の中でも端に追いやられがちだった貴族というのは少なからずいるし、そうだった者たちにとってそれは福音に聞こえたからだろう。
加えて、今までの属性魔力とは異なる、新たなる力を得られるとなれば国のみならず、そんな魔術師のいる貴族家にとっても大きな利益となることは言うまでもない。
そのため、そんなものはいらないだとか、調べなくていいだとか、そういうことをいう者は一人も現れなかった。
強いていうなら、試験を受けた後、完全に才能がない、と分かった後で文句をつけてくる可能性というのはあるが、その場合は流石に厚顔無恥として扱われるだろうから、プライドの高い貴族たちについてはそこまで心配していない。
ただ、この場において、ではなく社交界や政治の場で問題になる可能性が心配だが、その時は各方面にした根回しが効果を発揮することだろう。
《魔塔》も《魔術学院》も諸手を挙げて賛成している新たなる領域の研究を、そうそう否定できるとは思えず、さらに後援しているのは我がファーレンス公爵家だ。
権力を変に振りかざすのは私もそこまで好きではないが、今回の場合についてはむしろ適切な使いどころだろう。
「貴方のおかげで随分とうまくいったわ、サロモン。でも、本当によかったの? 貴方の魔術……腐食魔術をあんなに大勢の人の前で見せてしまって。特殊魔力に基づく魔術は、なんといっても《今まで見られなかった》という点に大きなアドバンテージがあるわ。だからこそ、可能な限り秘匿した方がいいもの。それなのに……」
そう、だからこそ私は悩んだ。
当初は息子の……ジークの力を見せることによって納得してもらう、という方法も考えていた。
まだ六歳ほどでしかないジークの力が、大人の魔術師も顔負けの破壊力と応用力のあるものだとわかれば、特殊魔力というものの有用性を簡単に理解してもらえるだろうから、そういう意味でも手っ取り早くはあった。
けれど、ジークはまだ六歳なのだ。
大勢の前で見世物にするのは人の親として憚られるし、またこれからのジークの人生を思えば、その力についてはあまり人前に出さない方が得が大きい。
そのためにどうしたら、と悩んでいた。
そんな中、学院長に相談した結果、紹介されたのがサロモンだったのだ。
「別に構いませんよ。私の力は人に見られたところでそうそう対抗できるようなものではありませんからね。エレイン様、貴女の自慢の魔術盾ですらも、溶かしたことをお忘れですか?」
「……そうだったわね。あれは実に驚いたわ」
サロモンとの出会いは、姉であるキュレーヌに直接紹介された割にあまり穏やかなものではなかった。
それどころか剣呑な雰囲気を漂わせたサロモンに、軽く決闘を申し込まれたほどだ。
その際に、サロモンは容赦無くその腐食魔術を私に向かって放ってきたのだ。
後に殺す気はなかった、治癒術によって十分に治癒できる程度で収めるつもりだった、と語っていたサロモンであったが、結果的に死んだ場合は事故になっただろう、と言う段になって、この人は普通に殺すつもりだったのだな、と深く理解した。
そもそもが、キュレーヌと違って典型的な古貴種の価値観を持っていたサロモンである。
普人族に対する感情などそんなもので当然と言えば当然ではあったから、私としては特に恨みなどない。
そもそも、決闘は結局のところ無傷で済んだわけだし。
「本当に驚いたのですか? 私の魔術は確かに貴女の魔術盾を抜きましたが、二撃目からは普通に対応してきましたよね? しかも複数展開することによって私を魔術盾で押しつぶそうとしてきたではありませんか。むしろ驚いたのはこちらの方なのですが」
「対応したといっても、完全に防御することはできなかったわ。戦闘中に少しだけ解析して……魔術盾に腐食に対する耐性を持たせることに成功しただけだもの。それも不完全に。だから何度も張り替えが必要だったわ。けれど、すでに作り上げた魔術盾をただ消滅させるのも魔力の無駄だしね。それならばと攻撃に転用したまでよ」
「たった一度食らっただけで、しかも直接ではなく魔術盾に受けただけで解析されてはそれこそ私たち特殊魔力を使う者にとって、貴女は天敵のような存在ですよ」
「私はずっと、特殊魔力について研究してきたからね。息子のそれも沢山調べたことだし……他の者よりもずっと詳しいだけ。特殊魔力がしっかりと知れ渡れば、私と同じようなことをできる人は増えていくわ。無敵の力ではないのだから」
「それも恐ろしい話ですが……しかし、この学院に特殊魔力保持者を入学させるのは、それも企図してのことですしね。他国にいつ、特殊魔力保持者が生まれ、覚醒しないとも限らないわけですし、対応手段は作っていかなければ、と」
「まさにね。伝説で彼らが語られるのは、まさに無敵の力だったからよ。一般化してしまえば、そこまでの脅威でもなくなる。だから……」
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