第90話 魔術学院試験
「……炎の精霊よ、我が声に応え、炎を導き、敵を穿たん……《炎矢》」
十二歳前後の少年がそう唱えると、彼の手元に魔素がゆっくりと凝り、炎へと姿を変えて、矢のような形となり射出された。
炎の矢は人が走るよりも僅かに速い速度で飛んでいき、十メートルほど先にある的へと命中する。
少しの衝撃が的に走り、その表面を僅かに焦がすと、維持魔力が尽きたらしく、スッと空気に溶けるように消えて行った。
魔術を放った少年は今の一発で疲労困憊になったようで、がくりと崩れ落ち、膝をついている。
しかし、
「……エンデ・ホーイン、合格!」
会場にそんな声が響くと、少年はパッと顔を上げ、
「や、やった……!」
とガッツポーズをし、会場を後にしたのだった。
そう、ここは、会場。
魔術学院の入学試験場である。
そして私、エレイン・ファーレンスは、魔術学院の教授陣のお歴々と同じく、長机に着いて受験生たちの魔術の出来を審査していた。
「ふむふむ、エレイン殿。今のエンデ君の魔術は中々でしたな」
そう言って微笑みながら私に言ったのは、魔術学院中等部の部長であるモーラ・ジラス教授である。
五十代半ばの、渋いおじさま、といった感じの風貌の彼は穏やかで人当たりも良いが、若い頃は戦場で《風帝》と呼ばれるほどに活躍した実力者だ。
今でもその実力には少しも衰えが見られないが、後進の育成のためにと学院長キュレーヌに請われて私と同様に今回、魔術学院に招聘された人物である。
魔術学院は今まで、年齢問わず画一的な試験が課され、決められた単位数を取ればいつでも卒業できるというシステムで運営されてきた。
しかし、それでは若年層の子供たちの精神の健全な育成のために問題があることが教育学者たちから提唱され、その意見を参考に年齢的に細分化した形での学院組織の再構成が今回測られたのだという。
具体的には、初等部、中等部、高等部とに分け、それぞれに五から十歳、十から十五歳、それ以上、という年齢で振り分けて、効率的な教育を施していく、ということだ。
この再構成の最中に、私の実績や論文などを目にしていたキュレーヌが初等部の部長に私を就任させることを考え、色々と動いたらしい。
《魔塔》のカンデラリオとも突然ではなく、比較的長期間に渡って相談を続けていたようで、この間、私のところにカンデラリオが来たのは一種のサプライズというか、急な話だという体で持ってきて、断られにくくするためだった、ということがあとで分かった。
確かに事前の打診という形から始まっていたら私は色々と根回しして断れるように動いていた可能性が高い。
その辺りの性格は、カンデラリオとの付き合いも長くなってきたから、彼もよくわかっていた、ということだろう。
今からでもやろうと思えば出来なくはないが……一度引き受けたことだ。
途中で投げ出すようなことはせず、頑張ってみようと今は思っている。
まぁ、それでも子供たちに会う時間が全然ない、ということになったら考えていただろうが、その辺りについては十分に配慮してくれるつもりがあるようだし、許容できる範囲だった。
そこも含めてキュレーヌとカンデラリオの画策だと思うと、本当に私のことをよくわかっているものだと思う。
前の時は、私のことなどわかる人間は家族とセリーヌくらいしかいなかったから、悪い気分ではない。
そんなことを考えつつ、モーラ教授に私は言う。
「ええ、そうですわね。最後に膝をついてしまったのは、魔力量がまだまだ足りなかったということでしょうが、集中力も、炎の矢の形成力にも目を瞠るものがありましたわ」
「戦場魔術師として生きてきた私からすると、形成速度と射出速度が欲しかった、とは思いますが、そこは入学後に努力して貰えば良いことですしな。むしろあの年齢でよくぞあそこまで磨き上げたものです。魔術学院の入学試験は私も数十年前に受けましたが、その頃はこれほどレベルの高いものではありませんでした。しかし、今の子供たちは本当に若いというのに頑張っている……」
「近年の魔法技術の発展は目覚ましいですし、若い頃から魔術を効率的に扱うことで魔力量を増やしていけることも広まってきていますからね。魔術学院でも上級生になると、貴族の子息の家庭教師の口もあるそうですよ」
「ほう! それはいいですな。私が学生の時は苦学生でしたから、そういうものがあればもう少し、学業に身を入れられたでしょうな……無い物ねだりかもしれませんが。そうそう、無い物ねだりといえば、明日からは初等部の試験が始まりますが、特殊魔力持ちの子供たちも来るというお話でしたな。差し支えなければ、どのような試験をされるのかお尋ねしても……いや、機密であるならば無理にとは申しませんが」
「いえ、むしろそれについては喧伝するくらいの方がいいでしょうから、お答えできますわ」
「ふむ? ということは、筆記のようなものではない、ということですかな。今行われている中等部の試験のような実技試験が主であれば試験内容が漏れてもあまり関係ありませんしな」
「そうですね。まず通常の属性魔術に適性を持った子供達については、主に実技で行う形になります。ですが、特殊魔力を持った子供達については、そもそもの適性を持っていることが合格の条件になってくるでしょうね」
「それだと不公平感が生じるのでは?」
「そこまででもない、と考えております。そもそも特殊魔力持ちについては、あまり沢山見つかるとは考えにくいので。まずは見つかり次第、余程問題がなければ入学してもらい、使えるモノを増やしていくところからと」
「なるほど、大半が属性魔術持ちが占めるから、少数の特殊魔力持ちの優遇についてはあまり気にされないということですな。そもそも、これから特殊魔力持ちについては学院が力を入れていくということはしっかりと公表されておりますし、それなら問題がない、か」
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