第9話 畑の様子
「まずは畑に案内してくださるかしら?」
村長テロスにそう言うと、彼は頷いたが少し迷ったように、
「それは構わないのですが……土で汚れる可能性があります。それに近くには堆肥置き場などもありますゆえ、ご不快やも……」
と忠告というか心配を口にした。
我儘公爵夫人である私が、そんなところに行けば文句を言うに決まっている、と思っているのだろう。
しかし、こちとら前の時は追っ手から逃れるために厩で馬のフンに塗れることすら厭わなかった人間である。
堆肥くらいがなんだと言うのか。
土の匂いも問題ないし、むしろ汚れることは当然だと考えて着ているものは使い古しのものだけだ。
それも乗馬用の動きやすいもので、今の私はどちらかといえば男装しているように感じられるだろう。
まぁ、こういった村の村人からすれば、ご貴族さまが何か変わった趣味でそういう格好をしている、くらいに見えているのだろうが……。
軍馬の産地なんかだとこういった格好の令嬢というのは結構いるものだが、ファーレンス公爵領でもこの辺りは農業地帯だから仕方がないだろう。
私はテロスに言う。
「別に構わないわ……と言ってもあなたは心配でしょうから、ここで誓っておくけれど、たとえどれだけ汚れようとも私は文句は言わないし、村人を罰したりもしない。この服だって、貴方から見ると高そうに見えるかもしれないけれど、汚れてもいいように着てきたものなのよ」
「……そうだったのですか!? それならば……わかりました。では、どうぞこちらへ」
驚いたように目を見開いたテロスだが、確かに動きやすさを考えるとこの格好が機能的であることは理解したようで、深く頷いて先導し始めたのだった。
◆◆◆◆◆
「これは……酷いわね」
「……このような状態で申し訳なく……。我々も、可能な限り復旧を急いでいるのですが、連日のように獣害に遭うもので、手が追い付かず……」
テロスがガックリとした様子でそう言ったのも当然だった。
案内された場所は村の郊外にある広大な畑だったのだが、そこかしこが悲しくなるくらいに荒らされていた。
見るにかなりの農作物がもう少しで収穫できる状態にあったようなのだが、そのほとんどが果実がもぎ取られたり、食い荒らされたりしている。
果たして獣がやったのかどうかはともかく、何かしらの生き物の手によってこれがなされたのは間違い無いだろう。
柵も畑の区画ごとに一メートル程度のものは設けられているが、破壊されているようだった。
私はテロスに言う。
「村人たちのせいでは無いから謝ることなどないわ。でも……流石に予想以上ね。報告書を見た限り、収穫高は五割減を見込んでいたようだけど……これでは前年度の九割減は覚悟しなければならないでしょう?」
「ええ。報告書を上げた時はまだ半分以上は残っていたのでなんとか、と思っていたのですが……」
「しっかりと夫に伝えておくわ。何も約束できないと言ったけれど、何らかの手当ては必ずもぎ取ってくるから。村人たちには心配しないように言っておいて」
私が励ますように肩を叩き、そう言うと、テロスは予想外のことを言われた、というような表情で目を見開き私を見つめ、それから肩を震わせ、泣き出した。
「そ、そんなことを言っていただけるとは……本当は、不安だったのです……。備蓄は昨年度の分がかなりありますから、飢えはしないだろう、と思ってはいても……この状態で少しでも病が流行るようなことがあれば、こんな小さな村などすぐに滅びてしまうだろうと……子供たちだとて、栄養が足りずに弱い子から次々に死んでいくかもしれないと……」
「ファーレンス公爵は、窮地に置かれた領民を見捨てることは決してなさらないわ。それに私もできることをする……。見るに、この村の作物はかなり美味しそうだしね」
膝を地面について、畑の土を手に取る。
荒らされてはいるが、土はまだ生きている。
湿った土は栄養豊富で、本来のこの村の畑の豊かさを教えていた。
「奥様、お手が汚れてしまいますぞ」
ワルターが後ろからそう言ったが、これは本当にそのことを心配してのものではなく、テロスに聞かせるためのものだろう。
主に、私の返答を。
「別に構わないわよ。私、土いじりは好きな方だしね」
「左様でしたか?」
これについては流石のワルターも情報がないようで、首を傾げた。
私のことについて、彼はクレマンから色々聞いて入るだろうが、土いじりについては私が前の時にやっていたことなので知りようが無いのだ。
まぁ、私のしていた土いじりは基本的に違法薬物の大量生産とか、そういう方面での努力に基づいているので褒められたものでは無いが。
ただ、テロスはそうは感じなかったようで、
「なんと!? エレイン様が、土いじりを……? まさか……いや、土の良さについてわかっておられるのは本当のようですし、疑うわけでは無いのですが……」
「実家にいる時に、ちょっとね。いずれはお屋敷の中庭で、小さな家庭菜園くらいやりたいものね。そのときには、この辺りの土と堆肥を送って欲しいくらいよ。流石に領都の街中では、ここまで良質の土は手に入れにくいからね」
実家にいる時も本当は全然やっていないが、他に言いようがなかった。
あとでアマリアに口裏合わせでも頼むことにしよう。
私の言葉にテロスは感激したようで、
「その時はもちろん! ですが、その時までこの村が残っているかは……」
強く頷いたが、すぐに不安げな表情に戻ってしまった。
私は微笑み、彼に言う。
「その不安を、これから解消するつもりだから、もっと明るくなって。ともあれ、畑の視察はこれくらいでいいわね。あとは……村の中を案内してほしいわ。出来れば村人何人かと話をさせてほしいのだけど、あまり物怖じしない者たちを選んでくださる? 年齢はバラバラで、子供も含めて五人くらいいるとありがたいのだけど」
「すぐに集めます。しかし……子供ですか?」
「ええ。大人じゃ、私に気を使い過ぎてしまうかもしれないから」
「……確かにそれもそうですね。ですが……」
「大丈夫。どれだけ失礼なことをされても、流すわ。なんなら一筆書いてからでも構わないけれど?」
冗談まじりにそう言うと、テロスも私の性格をだんだん理解してきたらしい。
最初よりもずっと穏やかな笑顔で、
「……その必要はございませんでしょう。私は貴女さまを信じます。では、どうぞこちらへ……」
そう言って歩き始めたのだった。
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