第81話 驚き
「貴方の……お母様の?」
私の質問に、黒竜は答える。
『あぁ。確かにその《竜気》は我が母上のもの。何年となく、感じることのなかった懐かしい力。しかしそれを一体なぜお前が纏っているのか……本当に心当たりはないのか? 竜に関する物品など持っていたりはしないのか?』
そこまで言われて、私は、
「あっ……」
『む、何か心当たりがあったようだな?』
「ええ、多分だけれど……」
『それは何だ?』
「《竜水晶》よ。先日、とある人から受け取ったのだけれど……それも関係ないと言われたら流石に本当に何も心当たりはないわ」
フィーカに渡された《竜水晶》。
あれは間違いなく竜に関係するもの、と言っていいだろう。
黒竜は私に言う。
『いや、《竜水晶》であれば……その可能性は高いな。我が母上が、《竜水晶》など作ったという話は聞いたことがなかったが……』
「あぁ、それについては、持ってた人の話なんだけど、怪我をした竜の世話をしてたらもらったらしいわよ。貴方もそうみたいだけど、弱っていたことを知られたくなかったとか、そんなところなんじゃないかしら?」
『怪我を……なるほど。そういうことなら納得は出来るな。して、その《竜水晶》はどこにあるのだ? 引き渡して欲しいのだが』
「あー……」
言われて思ったが、私は困った。
確かに経緯から鑑みて、この黒竜がその《竜水晶》を欲しがる理由も分かるからだ。
理不尽にただ魔力の結晶だから寄越せ、と言ったならともかく、そうではない。
この黒竜は、母親の力の残滓が残っている物品であるから欲しいのだ。
そうなると人情としては渡してやりたくなるものだが……。
困った私の表情を察してか、黒竜が尋ねる。
『何か支障があるのか? 金銭で購えるのであれば、怪我が治り次第、日を改めて宝物と交換という形でも構わないのだが……』
思った以上にしっかりとした対価を提示してきた。
こうなると本当に断り難い。
だがそれでも私がこれについて渡す、とは言えないのだ。
それについて私は黒竜に説明する。
「私が所有しているものなら、特に対価など求めずに渡すと言えるのだけど……」
『違うのか?』
「ええ。実は、その《竜水晶》は私がある人に治療をした対価として受け取ったものなのだけど……」
『であればお前のものではないのか?』
「それは違うわ。私がした治療は……それなりのものではあったけれど、それでも対価として《竜水晶》をもらえるほどのものではないの。貴方たち竜がどれだけ《竜水晶》に価値があるか知っているかはわからないけれど……」
『いや、高額で取引されるものであることは一応知ってはいるが……。お前が治療した人物にとっては、《竜水晶》を対価としても十分なだけのことをしてもらった、と感じたのではないか? だとしたら、別にお前のもので構わないだろう』
「その辺りの機微は、一言では説明し難いところがあるのよ……それにね。私はその人にあくまでも《預かる》って言ってしまったの。それを本人の許可なく勝手に売り買いすることは流石に出来ないわ」
この理屈が竜相手に通るのか。
若干不安だったが、黒竜は、
『ううむ……筋は通っているか。そうであれば、今は諦めるしかあるまい……』
意外なことにそう答えた。
「……いいの?」
『よくはない。いずれ、その所有者に譲ってもらえないか交渉はしたいと思う』
「諦めてはいないのね……でも交渉って。黒竜がいきなり家を訪ねてきたらそれこそ心臓発作で死んでしまいかねないような高齢の人よ。できればやめて欲しいのだけど……」
まぁ、私に《竜水晶》を押し付けてきた時の剣幕や元気さを鑑みれば大丈夫そうだとは思うが、あえて黒竜が彼女のところを訪ねるような危険は排除しておいた方がいいだろう、と思っての言葉だった。
これに黒竜は少し考え、
『だったら、お前に交渉を頼みたい。その人物に《竜水晶》を譲り受けたのだろう? それを我に譲ってもいいかどうか、聞いて欲しいのだ。それなら構わんだろう? 対価は言い値で払うぞ』
と、割と現実的な案を言ってきた。
私もこれについて少し検討してみたが、まぁ、そこまで厳しい話でもない。
ただ、私がそれを言ったら確実にフィーカは許可を出すだろう、という想像がついてしまうが……。
こうなっては、せめてフィーカに出来るだけ多くの取り分が生じるように黒竜と交渉しておくか。
「言い値で、というけれど、貴方がどれほどの財産を持っているというの?」
『かなりのものだと思っているが』
「今の貴方にそれを証明できるとは思えないけれど……」
言われて、黒竜は渋い顔をしつつも、
『……確かにそれはそうだ。では、傷が治り、住処に戻り次第、再度ここを訪ねる。その際に、何か対価になりそうなものを持ってくる。それを見て、お前の方で判断してほしい。我に《竜水晶》に見合うような対価を用意できるかどうかをだ』
「いえ、ちょっと待って。流石にここに飛んでこられると困るわ……場所については後でまた相談しましょう。それと対価なのだけど、それこそ貴方の《竜水晶》とかでも構わないわよ?」
一応の助け舟を出す私だった。
《竜水晶》は竜が作り出すことができる魔石の一種だ。
つまりこの目の前の黒竜も作れるはず。
しかし黒竜は残念そうに言った。
『いや……我にはまだ、大した純度の《竜水晶》は作れぬゆえ、母上のそれと交換できるほどのものは用意できぬ。やはり金銭で贖うのがいいだろう』
「どうして?」
『どうしても何も、我はまだ生まれて十年ほどしか経っておらぬ故な。凡百の竜よりは遥かに優れた《竜水晶》を作り出すことは出来るが、流石に母上のそれとは比べ物にならぬ』
「えっ?」
『どうした?』
「貴方……十歳なの……?」
『そうだが?』
「えぇーっ!?」
私がこの黒竜と出会って、最も驚かされたのがこの瞬間だったのは言うまでもない。
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