第8話 村長との話
「……よ、ようこそいらっしゃいました。奥方様……まさか貴女様のような高貴なお方が、このような小さな村にいらっしゃるなど、思いもよりませんで……」
非常に恐縮した様子で、ファーレンス公爵領イーズにあるセリア村の村長が、直立した状態から深く頭を下げた。
「あまり仰々しい振る舞いをする必要はないわ。貴方も私のような者が急に訪ねてきて、ずいぶん驚いたでしょう。もっと肩の力を抜いて、いつも通りにしていただいて大丈夫よ。さ、まずは椅子に腰掛けて」
私がそう言うと、村長は窺うような表情でワルターに視線を配り、そしてワルターが私の後ろで頷く気配がすると、少しばかりほっとしたように椅子に腰掛けた。
身分の関係上、ここは村長宅であるのにその最も上座である、普段家長が座る椅子は私のものとなってしまっているが、そこのところは制度上仕方がない。
むしろ私がこれを譲ると村長の立場が悪くなってしまうので、ここは甘んじてもらうしかないところだ。
ただ、あまりにも緊張されても私がここに来た目的は果たせないので、出来るだけいつも通りにしてもらえるように気遣った。
村長は、
「で、ではお言葉に甘えまして、失礼します……。改めまして、私がこのセリア村の村長のテロスと申します」
「テロスね。私はファーレンス公爵夫人、エレイン・ファーレンスよ」
「も、もちろん存じております! 二年ほど前の結婚式の折には、教会の外からではありましたが参列させていただいたので……」
私とクレマンの結婚式は公爵領の領都であるナオスで行った。
私の主観からすると、もう三十年以上昔の話になるのでかなり記憶が遠いが、客観的には二年ほど前のことで、公爵領の領民からすれば記憶に新しい出来事になるのだろう。
結婚式には様々な貴族たち、それに有力者の他、領民からも村長などを招いたので、その際にテロスもいたというわけだ。
結婚式が行われたのは領都の聖堂においてであり、その後にパレードを行った記憶がある。
ただ、聖堂内に入れたのは高位貴族や大商人など、かなりの立場にある者に限られたので、テロスは外にいたのだろう。
「外に。それは申し訳なかったわ……聖堂にもスペースの問題があったから、どうしても全員というわけにはいかなくて。出来ることなら全員を入れたかったのだけれど」
「いえ、そのお言葉だけで……。あの時のエレイン様のお美しさは、今でも忘れられません。一生の思い出になりました」
お世辞ばかりでもないようで、テロスの表情は少しばかり上気しているようだった。
私も捨てたものではないな、とちょっと機嫌が良くなる。
「まぁ、お上手ね」
「いえいえ、正直な気持ちでございます」
「ありがたく、受け取っておきましょう。さて、ところで早速なのだけれど、今回、私が来た目的のお話をさせてもらってよろしいかしら?」
空気がある程度柔らかくなったところでそう持ち出すと、テロスの表情が少しばかり緊張する。
一体何を言われるのか、どんな無理難題を言われるのか、そんな感じだろう。
今の私は領民から見てもかなりの我儘公爵夫人だろうから。
領民に大きな被害を及ぼすようなことはしていないが、それなりに聞こえてくる話もあるはずだ。
そして確かに、以前の私なら、ここからどんどん素行を悪化させていく。
しかし今の私にはそんなつもりはない。
私は言う。
「私は最近、公爵のお仕事の手伝いをしているのだけれど、つい先日見た書類の中に、この村から上がってきた報告書があったの。それについてね」
報告書、のあたりでテロスの表情が曇った。
この村の運営についての話だ、とすぐに理解したからだろう。
そしてそういうものに貴族の奥方が口出ししようとする場合、大抵はろくなことではない。
テロスは言う。
「……まさか、租税の額などについて見直しなどをお考えでしょうか? しかし、我が村では最近、農作物の収穫も厳しく、これ以上は……」
早口でそう言ったテロスの不安が分かる。
申し訳ない気持ちになって、私は彼の前に掌を出し、言った。
「あぁ、早合点しないで。むしろ逆のお話よ」
「……はて。と、言いますと……?」
「租税の見直しについては……私が決められることではないけれど、もしもするとすれば減免などになるでしょうね。夫もこの村の収穫高の低下についてはしっかりと理解されているから、心配はいらないわ」
「それは……! 大変ありがたく……」
「私は約束はできないから、そこのところは分かっておいてね。でも、それもまた副次的な話で……一番大事なことは、収穫高の低下、その原因についてなの」
「ふむ。では今回の訪問は、それを直接確認されに?」
「そういうことになるわ」
「そうでしたか……どうやら余計な緊張をしていたようですな。しかし、報告書にも記載しましたが、収穫高の低下は森鹿や鬼鼠などの獣によるもので、抜本的な対策は難しく……直接見ていただいてもあまり……」
村長は怪訝そうにそう言った。
分かっていることを見にきて一体何の意味があるのか、と言いたげだった。
確かに彼の立場ならそう言いたくなるのも理解できる。
しかし、私の立場からだと、また違うものが見えている。
これは別にテロスが無能だから、というわけではない。
むしろ彼は村長としてはこの辺りの村々の中ではかなり優秀な方だ。
ただ、公爵家とただの村とでは、集まる情報の量も質も違う、というだけの話だった。
だから私はテロスの言葉に頷きつつ、答える。
「ええ、貴方の言う通りであれば、私にできることはないわ。だからその時は早々にお暇することになるでしょう。そして私はそうであってほしい、と思っているの」
私の言い方に、テロスは少し不安になってきたらしい。
私に尋ねる。
「……エレイン様は、一体何を懸念されておられるのでしょうか?」
「それは、畑や村を見せてもらってからお話しするわ」
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