第76話 謝罪
私の言葉にロルフとソフィは唖然とし、それから、
「……エレインさん。今までのことを謝罪したい」
とロルフが突然言い出した。
私は慌てて、
「え? ええと……そんな必要は……」
と言ったのだが、ロルフは、
「いや、あるだろう。貴女も気づいていただろうが、私たちは今まで、貴女のことを避けてきたからな……だが、今回こうしてここを訪ねてくれて、色々と話してみると、今までのことは間違いだったのではないかと思ったのだ……」
そう言ってさらに頭を下げる。
しかし、実際、ロルフが私を避けてきたことは間違いではない、と私ははっきり言える。
今の私は確かに前の時のようなことはするつもりは全くないから、ロルフたちがあえて避ける必要はないかもしれない。
だが、それは私が一度死に、そして戻ってきたからそうなったというだけであって、結婚式あたりの私の性格を鑑みれば、どう考えてもロルフたちが避けようと思って当然だった。
けれどそこのところを詳しく説明するわけにもいかず、どう返していいのかもわからず微妙にあたふたしていると、ソフィも私に頭を下げて言う。
「私も謝るわ、エレインさん。正直なところ、クレマンが貴女と結婚すると言った時も、本当は反対だったわ。身分とか、お家柄とか、そういうことは気にしてはいなかったけれど、貴女自身についてあまりいい話を聞かなかったから。当時のクレマンもどこか、焦っているように見えたし、もう少し色々と様子を見てからにすべきだと何度も言ったくらいよ。でも……今の貴女と、それにクレマン、ジークを見ていると……貴女たちの結婚は正しかったのだと素直に頷けるわ。とても穏やかで、いい家族じゃない。それなのに私は……」
これもやはり、申し訳なくなってきたのはこちらの方だった。
クレマンとの結婚が決まった頃、私はちょっとした理由で気落ちをしていたというか、それに加えて少しばかり癇癪が激しかったというか。
あまりよろしくないヒステリックさを発揮していた。
今にして思えば若気の至りだ、と言えるが、嫁に来る女がそんな状態で、しかも噂になる程だと思うと、ソフィの感覚はむしろ至極当然なのだ。
私だってジークが将来そんな女性を妻に、と言ってきたら必死になって止めるに決まっている。
だから私はソフィに言う。
「そんな、謝らないでください、お義母さま。当時の私は……お二人に色々と心配されて当然の人間だったのですから。こんなこと、言い訳にしかならないでしょうけれど、当時の私は、周囲の期待に応えられなかった自分に自暴自棄になって、全てに対して当たり散らすような嫌な女だったのです。それを、クレマンが一生懸命になって救ってくれようとした。その有り難さすらも私は理解せずに……結婚式の時も、お二人に不義理をしてしまいました。私は……嫌悪されて当然の人間です。ですから……」
「あぁ、エレインさん。そんなに自分のことを卑下する必要なんてないのよ。当時のことは……詳しいことは私には分からないけれど、今の貴女はとても素敵な女性だわ。クレマンの奥さんとしても、ジークの母上としても、そして一人の女性としても。それにさっきのお話を聞くに、治癒術師としても非凡なものがあるようじゃない。そしてその力を民のためにためらいなく使える人……私たちの息子が、貴女のような人と結婚できて、本当に良かったと思うわ。ありがとう、エレインさん」
「お義母さま……」
「やれやれ、やっと二人とも、エレインの良さを理解してくれたようでよかったよ」
クレマンがホッとした様子で、少し空気を和らげようと考えてかそんな風に言った。
これにロルフが頷き、
「あぁ、お前がなぜエレインさんと結婚したがったのか、遅ればせながらに今、我々も理解したよ。これからは気兼ねなく付き合わせてもらえたらありがたいな」
「それは勿論。結婚式から一度も家を訪ねてきてくれてないけれど、これからは期待していいのかな? トラッドでの仕事が忙しいというのは全くの嘘というわけではなさそうだから、難しいのかもしれないけれど、年に一度くらいはさ」
クレマンもやはり、両親に会えないのを寂しく思っていたらしく、そんなことを言う。
ロルフは苦笑して、
「正直に言うが、それほど仕事は忙しくはない。勿論、養魚場は毎日見ていなければならないものだが、一人でやっているわけでもないのでな。この館の使用人は全て私がいない穴くらい簡単に埋めてくれる。好きな時に好きなところへ行けるさ」
「やっぱりそうだったんだね……」
「あぁ。本当にすまなかったな、エレインさん」
私の方を見てそう言ったので、私は首を横に振って、
「いいえ。気にしておりませんので。それよりもこれから先のことを考えると楽しみですわ。ジークもきっと喜びます」
ジークは話の途中で眠ってしまっている。
お腹いっぱいになってしまって、瞼を開け続けることができなかったらしい。
まぁ、だからこそこんな話を出来たわけだが。
流石にあまりジークにはっきり聞かせることがいい話ではないだろう。
聞いたからといっても、結局は仲直りの話なのだからそこまで大きな問題があるわけではないが、せめてもう少し大きくなってからの方がいい。
両親と祖父母の確執の話など、子供には難しいだろうから。
「だといいのだが。こんなに大きくなるまで会いにすらいかなかった祖父母など、嫌いになっているんじゃないかと不安だな」
「そんなことはありませんわ。今回だって、楽しみにしていたのですから。たくさんかまっていただけるとありがたいです」
「それは勿論だとも。ここは山の中ゆえ、都会のような華やかさはないが、遊べるところは沢山あるしな。明日は魚釣りにでも連れて行くか……」
ロルフの言葉にクレマンが頷いて、
「それはいいね。アステールの湖でも釣りをしたけど、楽しそうにしていたし、川釣りはまた別の楽しみがあるだろうし。飽きたら水辺で遊んでもいいね」
そう言った。
久しぶりの親子の会話、という感じで実に楽しそうだった。
そうして夕食の時間は過ぎていったのだった。
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