第74話 義母
「……思った以上に立派なお家ね」
ロルフとソフィの住まいにまでたどり着いて、私は素直にそう言った。
実際、その家、というか館はかなり大きかった。
ロルフとソフィはこのトラッドに土地を購入して隠居した、ということだったからかなりこじんまりとした家屋を想像していた。
それを裏切られた格好だ。
もちろん、それはロルフ達の経済力を馬鹿にしているわけではなくて、貴族の場合、隠居するとなると二つに分かれることに起因する。
つまりは、貴族としての義務を離れたとき、自分の好き勝手に豪遊するためだけに生きるか、そうではなく、自らの趣味にのみ邁進するかの二択だ。
ロルフは見る限り後者の方、つまり趣味人の方であるのは明らかであるから、家屋についても徹底している可能性が高いと思っていた。
こういった田舎に隠居すると貴族が言った場合、本当にただの農民が住むようなあばら家であることが少なくなく、ロルフもそうであろうと。
それを想像していてよく泊まると言ったものだ、と言われそうだが私はそもそもたとえ木の上だろうと嵐の中だろうと眠ろうと思えば余裕で眠れる。
前の時にそういう生活をしていた時期もあったからであり、だからこそ屋根さえあるのならむしろありがたいと思う質だ。
実際、今日、トラッドの町に取っていた宿もさほど大きくない、平民向けのものだった。
これはトラッドがかなり小規模な町であることから、貴族用の大きなものなど無いから仕方がない、と言うのも勿論だが、ジークにそういう経験をさせておいた方がいいという感覚もあった。
今回の人生で、私はジークを殊更に戦乱の中に投げ込んだりするつもりはもちろんないし、私も誰かに喧嘩を売ったりするつもりはないのだが、貴族である以上、義務として他国などの敵対勢力が攻めてきた場合、戦う必要がある。
そのような時、フカフカのベッドと豪華な朝食がなければ眠れない休めない、では話にならない。
だから若い頃から慣れさせて、それこそどういう環境であろうとも自分一人で生きていける程度の能力は身につけさせておきたかった。
これについてはクレマンも同感らしく、そのうち山歩きなどにも連れて行きたいという話は普段からしていた。
今回の旅は、そう言う意味でジークにとってもいい経験になるだろう。
ただ、宿については当てが外れたが……。
もちろん、クレマンは何度も来ているからこれは知っていて、
「隠居した、と言っても父さんも母さんも公爵家の人間だからね。それなりに使用人や護衛は必要だからさ。やろうと思えば全然、二人とも自分たちだけで暮らしていける人たちだけど、二人を慕ってここを訪れる貴族も少なくないんだ。流石にそういう時、あばら家へどうぞ、とまでは言えないだろう?」
「確かに言われてみればそうね。言ったとしても、前公爵の言葉にそうそう異議を唱えられる人はいなさそうだけど」
「それはまぁ、そうだね……おや」
馬車から降りて、館のドアをノックしようとすると、その前に扉がガチャリ、と開く。
そしてその扉の向こうには、一人の女性が立っていた。
四十半ばほどの年齢で、背筋はピンと伸びているが、肌は日焼けしていて活動的な雰囲気だ。
ただそれと同時に気品も感じられる。
平民には決して持ち得ない、生まれた時から貴族としての作法を叩き込まれてきた人間特有の雰囲気だ。
それも当然で、この人こそクレマンの母であり、私の義母であるソフィである。
「……クレマン! 本当に来たのね。手紙でそのうち訪ねるって言っていたけれど……まさか……」
そこで言葉を止めてチラリ、と私の方を見たソフィ。
その先に続けたかったのは、まさかエレインさんと来るなんて、みたいなことだろう。
若干当て擦りっぽく思えなくもないが、私の今までの態度を鑑みれば穏やかな方だし、さらに言うなら本当に単純に驚いただけらしく、ハッとして、
「ごめんなさい、エレインさん。どうもここで生活していると他人への配慮が疎かになりがちだわ……。来てくれて嬉しいの。でも、貴女が来てくれるなんて、本当に意外でね」
即座にそう謝ってきた。
私は首を横に振り、
「いいえ、以前お会いした時の私は、振り返って鑑みるに、かなりの失礼を働いた覚えがありますから、当然ですわ。むしろ、それなのにそうおっしゃってもらえることをありがたく思います」
そう頭を下げた。
ソフィはそこで本当に驚いたように一瞬息を呑み、それから、
「……貴女、本当に変わったのね? 何があったのかはわからないけれど……今のエレインさんなら、歓迎するわ。それと……もしかして、そちらの子は?」
ジークを見てそう言ったので、私がジークの背中を押すと、
「おばあさま! ジークハルトです! ジークって呼んでください!」
と、ロルフにしたような挨拶をソフィにもした。
それを見てソフィは相好を崩し、
「あらあら、これは立派ね。私はソフィよ。あなたのおばあちゃん。おじいちゃん……ロルフは今、養魚場の方にいるけれど」
「おじいさまにはさっきあいました!」
「あら? そうなの?」
「はい! 家に泊まっていくといいって」
「そうだったの……もちろん、構わないわ。それと、私には無理に敬語を使わなくても構わないわよ? エレインさん……いいかしら?」
「お許しいただけるのなら、もちろん」
「全く構わないわ。だから、ね。いつも通りに喋って」
そう言われてジークは頷き、
「うん、わかった!」
そう言ったのだった。
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