第7話 説得と馬車
私の提案をクレマンはもちろん、止めた。
提案自体が突拍子もない、というのはもちろんだが、それ以上に私に対する気遣いもあった。
公爵夫人である私には、とてもではないが小さな村の視察であろうと耐えられたものではないだろう、という気遣いだ。
確かに彼の感覚だと、私は実家にいる時からここに嫁いで来て公爵夫人として生活するまでの人生の中で、農村などにはほとんど行ったことの無い箱入り娘になるから、当然の話ではある。
そして二十歳の私の経験としては、確かにそれは事実だった。
だけど、今の私には昔の経験がたくさんあるのだ。
特に、前の時の最後の方……ファーレンス公爵家の悪事が暴かれ、追い詰められていた頃の生活は、それこそ裕福な農民の方がずっとマシな生活だろう、という生活をしていたのだ。
追手から逃れるために農村に匿ってもらったことすらある。
だから農村というのは今の私にとってはかなり親しみのある、むしろ親近感すら感じる場所ですらあった。
もちろん、そんな事情をクレマンに語ったところで理解してもらえるはずはないから、私はもっと彼が納得してくれるような話をした。
つまりそれは、私の能力はクレマンの助けになっただろう、ということだ。
事務仕事で領主であるクレマンの手伝いをできるくらいの力はある。
そして、ものをクレマンと同じ目線で見ることができる。
そんな私が、どうも何かしらの異変が起こっているらしい村々を見回ることは、クレマンの統治の助けになるはずだ、と。そういう話を。
そもそも、クレマン自身は屋敷で多くの仕事をこなし、またそうでない時は王都に行って王宮の人間と交流するなど、高位貴族として当然に要求されることに多くの時間を割かなければならない。
そのため、領内を直接見回る時間を捻出するのはそう簡単ではなく、頻繁に、というわけにはいかない。
けれど、私であればどうか。
私もまた、公爵家の妻として、お茶会やパーティーを開くなどの仕事は発生する。
しかし、今はまだ子供が生まれてまもなく、また子供自身も小さい。
そういう時期にはお茶会やパーティーなどの主催はしなくてもいいし、他の貴婦人たちも誘うことを避けるというありがたい文化がこの国にはある。
つまり、私はクレマンよりずっと時間の捻出がしやすいのだ。
厳密なことを言えば、私はジークハルトと一緒にいる時間も通常の貴婦人よりも多く取っているため、忙しくない、とまでは言えない。
しかし、十日の間に、二、三日屋敷を留守にする程度の遠出くらいまでは出来る。
いや、その気になればもっと長くなってもいいくらいなのだ、これは私がジークハルトと一緒にいたいがために設けた、一応の目安だ。
そしてその場合、まだ小さなジークハルトは屋敷に置いていくことになるが、十分に子供の世話に慣れた使用人たちが屋敷にはたくさんいて、彼らに任せることには何ら心配がいらない。
普通なら、公爵家の継嗣の世話など、暗殺などの危険も考えなければならないため、もう少し不安になるべきなのだが、私の場合、我が家の使用人の誰がどれくらい信用できるかは、一回全て経験済みなので分かる。
ジークハルトの世話を頼んだ使用人たちはアマリアを始めとする、最後まで我が家と運命を共にしてくれた者たちだけにしてある。
暗殺の危険はないと言っていい。
それでも心配はゼロとは言えないため、彼らには内緒で防御用の魔導具も設置してあるが……出番はおそらくないだろう。
そんなわけで、最終的にクレマンは私の遠出について認めてくれたのだった。
◆◆◆◆◆
「……奥様。お辛くはありませんか?」
ガタガタと揺れる馬車の中で、目の前の席に座る老齢の使用人が私にそう尋ねる。
彼の名前はワルター。
数年前まではファーレンス公爵家の家令だった人物であるが、息子オルトにその職責を譲り、自分はクレマンの許可を得て隠居した。
しかし、今回のように特別に忙しいような状況になると、クレマンやオルトから頼まれて細々とした手伝いに駆り出されることも少なくない。
隠居したというのにそれでいいのだろうか、と思わないでもないが、本人としてはたまにこうやって働きに出ることはいい小遣い稼ぎにもなるからと問題ないようだ。
加えて、クレマンのことはそれこそ赤ん坊の頃から知っていることもあって、その働きぶりを見ることも楽しみらしい。
ただ……。
「大丈夫よ。でも、申し訳ないわね。隠居したあなたにわざわざこんな仕事をさせて……夫や、オルトの側で仕事をしていたいでしょうに」
そう。
今、ワルターは私と馬車に乗っている。
クレマンに提案した農村の見回り、そのために走っている馬車に。
つまり、ワルターは今回私に付けられたのである。
隠居したとは言え、家令まで勤め上げた彼に、公爵夫人の道楽じみた行為としか見られないだろう旅路に付き合わせるのは少し申し訳なかった。
しかしワルターはそのよく整えられた髭を品よく動かして微笑み、言う。
「いえ、とんでもないことです。奥様の旅路にこうして同道させていただいて、むしろ私は光栄ですよ。そもそも、お館さまにはもう私の手伝いなど不要でしょうし、オルトも同様です。奥様も、こんな老人などお邪魔でしょうが……」
「いいえ。そんなことはないわ。ワルター、あなたはとても優秀で経験豊富な執事だもの。いてくれて心強いくらいよ。夫に聞いたところ、魔術や武術の腕も相当なものだというし、今回の見回りだと余計にそういう人がいてくれた方がね。でも、まさか騎士団から人員を奪うわけにもいかないし……」
「ふむ。村々に魔物が出現している、というお話でしたな……ただ報告にははっきりとは上がっていない、と」
「あくまで数字や備考欄の記載からクレマンと私が推測しただけに過ぎないから。だからこそ、一度直接見に行く必要がある、という判断だしね。ただ……」
「分かります。もし事実であれば早急な解決が望まれますな。しかしまさか奥方さまが対応するわけにもいかない、と。そこで私の出番ですな」
そう言ってくれるワルターにやはり、公爵家の家宰を長年勤め上げた人物だなと感じる。
ただ、少し私としては思惑とは違っているが……それについてはっきりと口にするわけにもいかず、私は曖昧に頷いて、
「……ええ。そうしてくれると助かるわ」
そう答えた。
実際には魔物については私も対処するつもりなのだが……。
まぁ、その辺りについては後で詰めればいいか、とそれ以上の説明はやめておく。
『そろそろ村に着きますぜ』
馬車を動かしていた御者の声が響く。
どうやら目的地が近いようだ。
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