第67話 せめぎ合い
「……流石にここまでの大物だと僕らの手に余る。戻った方が良さそうだね」
僕がそう言うと、ニコライも頷き、
「あぁ。小型の飛竜くらいなら何とかなるかもしれんが、それ以上となると難しいだろう。それに、この山に竜が来ているとなるとアステールの警備隊にも伝えておかなければならないだろうな」
アステールには数多くの貴族が来ることから、警備隊もかなりの規模のものが配置されている。
実力もかなり高く、それは自由都市アステールに落とされる貴族たちの資金によって成り立っている。
だから、というわけではないにしろ、僕やニコライの報告は警備隊にも尊重される。
このアステールに竜が、ということなど滅多にないから、平民がこれを報告した場合には一笑に付される可能性もあったため、僕らが痕跡を見つけられたことは幸いだった。
「そうだね。アステールまで飛んでくる可能性は低いだろうけど、もしもの時のことも考えておかないとならないな……」
「ううむ。そうだな……クレマン。お前の奥方と子供は、避難させた方がいいのではないか? ……それほど遠くないところにご両親が住んでいるのだろう?」
「え? うーん……」
確かにそう言われるとそれも考える必要があるかもしれない。
だが、妻と両親の仲のことを考えるとどうしたものかと思ってしまう。
僕も一緒に行くべきだろうが、ニコライのことも気になっている。
彼は何というか……喧嘩っ早い男なのだ。
近衛騎士として職務に従っている間にはそういう浅慮は全く出さなくなるのだが、私的なこととなるとどうにも……。
実際、
「君はどうするんだい?」
そう尋ねた僕に、ニコライは、
「俺も妻と娘は避難させたいから……領地に戻すしかないな。ただ、俺は残るぞ。飛竜以上の大物となると、そうそうお目にかかれるものではないからな。特に俺のような宮仕えの人間は」
竜でも大物とか呼ばれるようなクラスになってくると、そう簡単に人里には現れない。
知能が高くなればなるほど、人前に出れば狩猟される危険があることを理解しているからだ。
そのため、その素材を得るために狩猟しようと考えた場合には、何週間、何ヶ月もかけて遠征する必要がある。
近衛騎士団にそんな任務など通常あるはずがなく、従ってニコライには竜と相対する機会などない、というわけだ。
「待ってたところでそう簡単に会えるわけでもないだろうに……」
今ですら姿など見られてないのだ。
アステールで出現を待ったところで、という感じだろうにニコライは笑って、
「こう見えて俺は運がいい方なのだ。きっとすぐに向こうの方から顔を出すぞ」
と言い切った。
竜と出会えることは、果たして運がいいことになるのか……?
そう疑問を感じたところで、突然、身体中が総毛立つような感覚を覚え、その直後、巨大な叫び声のようなものが山の中に鳴り響いた。
「……っ!? 今のは!?」
きょろきょろと辺りを見回す僕たち。
そして、それを最初に発見したのは、僕の護衛、竜の鱗を発見した斥候の男だった。
「閣下! 上に!」
言われて全員で上を見上げると、遥か高空を悠然と泳ぐ、巨大な鱗を持つ物体の姿がそこにはあった。
「……竜……! あれは、青竜か……!?」
僕がそう言うと、
「そうみたいだな……おそらくは、先ほど見つけた鱗の主だろう。あれほど美しい青竜は見たことがないが……高位竜で間違いあるまい!」
「やっぱり、そうだよね……でも、幸いなことに、こっちに気づいた様子はない、か」
それから、青竜はぐるぐると山の上空をしばらくの間、飛び回っていたが、飽きたのか何なのか、方向転換をして僕たちのいる場所から遠ざかっていく。
それを見たニコライが、
「……まずいぞ! あちらは、アステールの方角だ! まさか、あの竜、街を襲うつもりか!?」
「こうしてはいられないな。ニコライ! 戻るよ!」
「あぁ!」
しかし、ここからどれだけ急いでも一時間以上はかかる。
それまでに街が無事であることを僕たちは祈ることしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「……!」
のんびりと、夫とニコライたちの帰りを待ってお茶をしていた私、エレインとベルタ、それにジークとイリーナだったのだが、どうもそうのんびりとはしていられなさそうだ、と立ち上がる。
「……エレイン? どうかしたの?」
尋ねるベルタに、何と答えたものかと一瞬迷ったが、すぐにその心配は不要となった。
私の視線の先、アシャン湖のある方角。
その上空に巨大な質量が蠢いていることが、はっきりと視界に入ってきたからだ。
「あれは……!? まさか、竜!?」
「そうみたいね」
「そうみたいって、エレイン! 早く逃げなければ。あんなものが来たら、アステールじゃひとたまりもないわ!」
「今から逃げても間に合わなそうだけど……とりあえず、ベルタ、ジーク、イリーナ。私の近くに」
そう言うと、三人とも素直に集まってきた。
私は腕につけていた携帯型の《魔術盾魔導具》をとりあえず起動させる。
さらに、その内部に私自身が、魔術によって魔術盾を張った。
その辺の魔物の魔術くらいなら魔導具だけでどうにかなるだろうが……。
「っ!? 三人とも! 伏せて!」
私がそう叫んだのは、まだアシャン湖の上にいる青竜に、強力な魔力の集中を感じたからだ。
直後、その周囲に巨大な氷柱が十本ほど出現し、そして射出された。
九本はアステールの街に突き刺さっていくが、最後の一本は運の悪いことにこちらに飛んでくる。
避けるべきなのだろうが、それが出来る速度ではないし、あれが命中すれば避けても余波で吹き飛ばされることになる。
つまり、防御しきるしかない。
私は覚悟を決めて、魔力を魔術盾にありったけ、注ぎ込んだ。
「……お願い、保って!」
魔術盾に氷柱が命中し、強力な圧力を感じた。
それはしばらくのせめぎ合いの後、魔導具の作り出した魔術盾を貫き、そして私自身の魔力によって形作られた魔術盾へとぶつかる。
圧力が数十倍になる。
だが、ここで引くわけにはいかないのだ。
それからどれくらいの時間が経っただろう。
実際にはほんの数秒だったかもしれない。
しかし、数時間にも感じた長くも短い時間は終わり、
「……何とか、耐え切った、わね……!」
パリィン、という音と共に、氷柱は砕け散った。
氷柱それ自体を形作る魔力が推進力に消費され切ったため、跡形も残らずに。
ただ、それでも心配が去ったわけではない。
次弾があるかもしれない、と思って空を見て身構えたのだが……。
「……あら?」
不思議なことに、青竜はチラリと見ただけで、そのままどこへとも知れぬ方向へと飛び去っていってしまったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、面白くなりそうと思われましたら、下の方にスクロールして☆を押していただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。
ブクマ・感想もお待ちしております。