第66話 原因
「……やはり、多くの魔物が移動しているようだな。静かすぎる」
ニコライが船の舳先から陸地を見つめながら、そう呟いた。
僕、クレマン・ファーレンスも甲板から対岸を見てみるが、ニコライが言ったようにそこには何の気配も感じなかった。
「ここら辺りには鬼魚もほとんどいないようですな。やはり、ほとんど港近くに移動していたという推測は当たっているようです」
ソフィ号の船長であるヨーランがニコライの言葉に同意するようにそう言った。
なぜオクルス伯爵であるニコライが、こちらの船に乗っているかというと、最初のうちはオクルス伯爵も伯爵家所有の船に乗っていたのだが、途中で鬼魚の襲撃を何度か受けたのだ。
その中で、伯爵家の船は損傷を負ってしまい、港に戻らざるを得なくなった。
通常であればその時点で皆で港に帰港すべきなのだが、ニコライが言って聞かなかったのだ。
娘を狙った鬼魚たちを焼き魚にどうしてもするのだ、と。
実際のところ、彼の娘であるイリーナを襲った鬼魚がどの個体なのかはもはや分からない。
だから復讐のしようがないのだが、他の鬼魚で憂さ晴らしもしたいのだろう。
魔物とはいえ、いたずらに生き物の命を奪うことはよくないことだが、今の港の現状を鑑みるに、ある程度間引いておかなければ危険というのは正しい。
だから、まだ帰らない、というニコライの考えを一応、尊重し、とりあえず当初の目的だった港の対岸の様子を見る、というところまではやっておこうということになった。
それでニコライはソフィ号に数人の戦士や魔術師とともに乗り移った、というわけだ。
「とりあえず、様子を見てくる、という目的はここで達成したと考えてもいいけど……ニコライ、どうする?」
僕がそう尋ねると、ニコライは不満そうな顔で、
「いや、まだだろう? 湖の中についてはただ魔物がいない、ということだけ確認できたにすぎんし、原因はどちらかというと山の中にありそうではないか? チラッとでもいいから降りて見てこないか?」
そんなことを言う。
アステールは比較的、穏やかな土地柄で、魔物もそれほど危険なものは生息していない。
だからこそ、こうして別荘地として多くの貴族たちが愛しているわけで、そこからすれば山の中に多少入ったところで問題はない。
それでも、高位貴族としては、大した護衛もなく森に入るなどやめておくべき、なのだろうが……。
「……そう、だね。少しくらいは見ておこうか。《魔術盾魔導具》もあることだし、そうそう危ないこともないだろう。護衛も、今日は腕利きを連れてきてるし」
大した護衛はない、と言ってもそれはあくまで数の話だ。
僕の護衛が三人、ニコライの護衛も三人だが、どちらもかなりの腕利きを連れてきている。
僕の護衛はファーレンスの《影》から選び抜いた者たちだし、ニコライのは近衛騎士団長である彼が普段から鍛えている、オクルス騎士団の精鋭だ。
たとえ盗賊が数十人、魔物が銀士級のものが数匹現れたとて、問題なく屠れるくらいの戦力ではある。
だから大丈夫だろう……。
そう思って、僕らは森の中へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆
「……ニコライ! そっちに行ったよ!」
「分かっている!」
僕の言葉に、ニコライは手に持った大剣を横薙ぎにしてから答える。
剣の走った後に残ったのは、上半身と下半身が真っ二つにされた牛鬼だった。
他にも僕らの周りには数匹の魔物がいるが、護衛たちと共に徐々に減らしていく。
そして、全てを倒し終わった後、一応、魔物たちから魔石だけ引き抜いてその場を後にした。
あまり血の匂いがむせ返るあの場に居続けると、他の魔物を呼んでしまうからだ。
少し離れてから、改めて相談をする。
「どうも、この辺りも物騒になっているみたいだな」
ニコライがそう言った。
「そのようだね。あの程度の牛鬼くらいはこの辺りにも前からいたけど……数が少し多かった。それに他の魔物と徒党を組んでいたようだし」
「あぁ。しかも、何か妙に焦っているような雰囲気がなかったか?」
「確かにそうだった……僕らに襲いかかってきたと言うよりは、何かから逃げてきたような感じを受けたけど……」
「やっぱりお前もか? しかし牛鬼は勇猛な魔物だ。どれだけ強大な魔物が現れても、そこが自らの縄張りなら命がけで守る傾向が高い。それなのに……」
「よっぽど恐ろしいものが現れたってことかな?」
「考えたくはないが、その可能性はある。まぁ、気のせい、という可能性もあるがな」
そこまで話したところで、
「……閣下」
と、僕の後ろから静かに気配を表した男が、僕に言葉をかける。
ファーレンス家の《影》の一人であり、斥候に長けた男だ。
もちろん、今はあくまでも護衛として振る舞ってもらっているが。
「どうした? 何か見つけたか」
そう尋ねると、男は僕に布に包まれた何かを手渡してくる。
「む、それは?」
ニコライが尋ねたので、僕は彼の前でその布を開く。
わざわざニコライにも聞こえるように斥候の男が言ったのだから、見せても問題ないか、見せるべきものなのだろうと判断して。
しかし、実際に開いてみると、僕は少しばかり驚いた。
「これは……まさか」
そこにあったのは、硬質な一枚の板のようなものだった。
僅かに湾曲して見え、またさらによく目を凝らしてみると、細かなトゲのようなものがあるのが見える。
パッと見では、何なのかは一般人なら分からないだろう。
ただ、僕やニコライのような高位貴族であれば話は別だった。
ニコライが言う。
「……間違いない。これは、竜の鱗だ」
そう、透けるような美しい色合いの青に染まったこれは、間違いなく竜の鱗だ。
もちろん、竜にも色々いる。
人に使役されるような竜馬から始まり、伝説上の存在と言われる天竜まで、様々だ。
この鱗がそのいずれに属するものから剥がれたものなのかは分からないが、それでも低級なもののそれではなさそうだ、ということは流石に分かった。
以前、オークションなどで見たことがある竜の素材、それらに匹敵する美しさと魔力を感じるからだ。
「どうやら、この山は今、かなり危険なようだね……」
僕の声が、山の中に不気味に響いた。
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