第65話 内緒
「……ちょっと待って。それってもしかして……!?」
ベルタの挙げたイリーナの特徴。
それは確かに一般的には魔術師としての才能のない条件に合致する。
しかし、私にとっては、というか今となっては私とカンデラリオを中心とする《魔塔》の一部研究者の間では別の可能性を持った特徴として認知されている。
つまりそれは、特殊属性系を宿している可能性だ。
もちろん、本当に全く才能がない、という場合もゼロではない。
けれど、イリーナは貴族だ。
貴族、というのは昔から魔術師をその血の中に取り入れてきた関係で、魔術師が非常に生まれやすい。
平民の場合だと、そもそも魔術師になれる力を持って生まれるのは突然変異に近く、そのために特殊属性なども全く宿していない、魔術師としての力を持たない魔力持ち、というのもよくいるのだが、貴族でそれはかなり少ないことを私は前の時の経験で知っていた。
だからイリーナについても、特殊属性系を宿している可能性というのは高い。
そのため、私は改めてイリーナを見てみる。
目に魔力を集め、その身に宿る力を判別するのだ。
これによって私は他人の魔力の属性をある程度看破することが出来る。
前の時に、ひたすらにジークに何か力がないかと研究を重ねた結果、身につけた技能だった。
ただ、これが他の人に教えられる技能かと言われると難しい。
少なくとも、無詠唱で三重から四重に魔力の膜を重ねるくらいのことができる必要があるが、こればかりはリリーですらも諦めて匙を投げたくらいのものだ。
私がリリーに唯一勝てる、小手先の技術という奴で、そうそう誰かが真似できるとは思えなかった。
カンデラリオにも一応、教えてはみたのだが、彼すらも諦めていたし……。
それで、イリーナのことだが……。
「エレイン……? 急にどうしたの?」
ベルタが不思議そうに小首を傾げる。
こうして見るとかなり可愛らしい人で、あの伯爵がよくも落とせたものだ、と思ってしまう。
大半の貴族は政略結婚だが、伯爵とベルタは恋愛結婚だったと聞いたことがあった。
ともあれ、私はベルタに言う。
「あぁ、ベルタ。驚かせてごめんなさい。その……ね。ちょっと意外なことが分かったのだけれど、落ち着いて聞いてもらえるかしら?」
「……? ええ」
「イリーナのことなんだけど、属性に偏りがない、という話だったわよね?」
「ええ。教会で調べたから、間違いないはずよ。どうも、魔力量だけは結構なものがあるみたいなのだけれど……」
「それで魔術師としての才能がない、と」
「……本人は魔術師になりたいって、よく言うのだけれどね。何かしらの属性を持っていなければ、魔術師として大成するのは難しいわ。もちろん、例外はないわけではないでしょうけど……」
ベルタはそう言って首を横に振ったが、私は言った。
「いいえ、ベルタ。イリーナはその例外におそらく当てはまるわ」
「え?」
「私は……色々あって、特殊属性系の魔術について研究をしているの。特にここ二年ほどは、《魔塔》とも協働していてね。だから他人の魔力の属性を見ることが出来る……ちょっとした技術を身につけているの」
「《魔塔》と……! 魔導具についてはファーレンス家が《魔塔》と一緒に動いているようだという話は聞いていたけれど、その他にも協力していたのね。それも、エレインの方が。そう言えば、先日の晩餐で、公爵閣下がエレインに許可を求めていたのはそういうことだったの?」
ファーレンス家と《魔塔》との関係については、秘密を保持する、ということもあって、世間にはかなりぼかして伝わっている。
私が、というよりファーレンス家が、という風にしたりといった形でだ。
もちろん、私はかなり精力的に動いているし、それについては隠しようがないのだが、あくまでもファーレンス家の人間として、活動しているという体裁でやっており、私が主導しているに近い、ということは基本的には内緒なのだった。
もちろん、伝えておくべきところには伝えてはいるのだが、ことさらに喧伝はしていないというわけだ。
だからベルタも知らなかったか、確信がなかったのだろう。
私はベルタに言う。
「ええ。でも、一般的な品については別に私に許可が必要、というわけでもないのだけれどね。ただ、今回夫が持って行ったのは、私が作った試作品だから……」
《魔塔》やウェンズ商会に流すのには問題を感じた技術を山盛りにして作った、一品ものである。
高い効果は保証するが、かかったコストもとんでもなく、おいそれと誰かに渡すのは難しい。
それに使った金額を見てクレマンが「君は装飾品に使うべきお金を全部魔導具に溶かしてしまうんだから……」と苦笑していた。
それでも止めないのは、公爵家の潤沢な資金力と、魔導具を一般化して流通させた後にはしっかりと利益を出しているからだ。
そうでなければ流石のクレマンでも止める……ハズだと思う。
ただ、前の時のことを考えると、止めない可能性もないではなかった。
「試作品? 失礼だけど、それで大丈夫なのかしら?」
ベルタが少し不安げにそう言ったが、私は言う。
「問題ないわ。むしろ性能だけなら通常の品の十倍はあるから。動作確認も十分。ただ、コストは百倍くらいなだけで」
「ひゃ、百倍……それを惜しげもなく使う辺り、流石は公爵家といったところね……」
「クレマンが太っ腹なのよ。まぁ、魔導具の話はいいわ。それよりもイリーナのことよ」
「ええ、エレインが特殊属性系の魔術の研究をしていると言うことだったけれど、もしかして……?」
少し脱線しながらも、その中で話の行き着く先についてはしっかりと推測していたようだ。
そんなベルタに私はうなずいて、
「そう。イリーナは、特殊属性を宿しているわ」
「……! やっぱり、そういう話だったのね。でも……どのような力を? 特殊属性系は……もちろん、存在は知っているし、使える魔術師も何人か浮かびはするけれど、それに気づくことはまず出来ないと言われているじゃない。イリーナもそうなら、やっぱり魔術師になるのは……」
「いいえ、大丈夫。実はね、ジークも特殊属性を宿しているの。イリーナを助けたのはその力」
「えっ。魔術で助けたとは聞いたけど……」
特殊属性魔術で、という話については伯爵とイリーナには口止めがなされているから、二人とも、妻であり母親であっても、言わなかったのだろう。
義理堅いことだ。
ただ、家族の中で情報の勾配を作りすぎるのも面倒だから、と私はベルタにもこれは言っておくことにした。
それに、イリーナも同じ力を持っているわけだから、ジークとは仲良くしてもらった方が色々と都合もいいだろうとも。
「ジークの場合、イリーナの危機を救おうとして力に目覚めた、と言う感じだった。今後、経過を見る必要があるけれど、一度発動させればもう一度同じことをするのはおそらく出来るわ」
「ええ。でもその一度が難しいのが特殊属性系だと……」
「そう、何の力か、普通には見抜けないからね。でも、私には見抜ける、と言うわけ。だから安心して」
「特殊属性を宿しているかどうか、だけじゃなくて、どんなものかも分かるってこと……それって、かなり重大な秘密なのではなくて?」
「そうよ。だから内緒にしていてね」
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