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第64話 才能

「……もう行ってしまったけれど、大丈夫かしら……」


 青空の下、オクルス家の別荘、その中庭でぼんやりとそう呟いたのは、ベルタ・オクルス辺境伯爵夫人であった。

 中庭では、ベルタの娘であるイリーナと、私の息子ジークハルトが楽しげに遊んでいる。

 イリーナは四歳、ジークは三歳であるから、その遊びというのはあまり高度なものではないが、見ていて心がほわっとするものだ。

 具体的には、砂を掬って何かを作ったり、侍女たちと追いかけっこをしたり、などといったものである。

 ジークとイリーナが手押し相撲を始めたりして、貴族の子女として少しばかりやんちゃに感じなくもないが、将来的には魔術や武術を身につけてもらう必要があるため、そういった荒事への導入というのも必要である。

 だから悪くはない……。

 そこまで考えて、私はベルタの言葉に反応する。


「大丈夫だと思うわ。クレマンはちょっと頼りないけれど、ベルタのご主人はその武力にかけては誰にも負けないという自信があるじゃない。そうでしょう?」


 砕けた口調なのは、昨日よりもベルタと仲良くなったからだ。

 距離は最初に縮めなければいつまで経っても縮まらないものであることを私は経験的に知っているため、詰められるだけ詰めた感じである。

 それでも、あまり距離を詰められると不快に思ったり疑念を抱いて警戒する令嬢というのはかなりいるのだが、ベルタは彼女の娘を助けた、という行きがかりがあってのことか、まるで疑念を抱かずに、私に対してかなり友好的な態度を保ってくれた。


「そうだと良いのだけど……でも、どれほど大きくても、所詮は鬼魚よね。もしも巨大な地竜とかそういうものだったら流石に心配だけれど」


「いくら何でも、そこまでの大物はこの辺りには出ないと思うわ……それにしても、イリーナはジークに対して本当に物怖じしないわね。助けられた、とは言っても自分の知り得ない力によってそうされたのだから、もう少し怯えても子供としてはおかしくないのだけど」

 

 事実、魔術師団の強大な魔術によって助けられた民衆が彼らを恐れることは枚挙にいとまがないくらいだ。

 騎士団が救う場合には、剣や槍という、わかりやすい武力が見えるからそこまでではないのだが、魔術師系についてはどうしても、目に見えない力を使用するという関係でよくも悪くも怯えられることが多い。

 ベルタはそんな意味合いが私の言葉に込められているかどうか、知ってか知らずか、微笑みつつ答える。


「もちろん、イリーナはまだ四歳。通常であれば恐れたか、怯えたかしたのでしょうけど……」


「そうじゃなかったのはなぜ?」


「簡単でしょう。貴方の息子……ジーク様が、とても魅力的に映ったのではなくて? 女にとって、特に貴族女性にとって、将来の結婚相手というのは爵位が高くて実力があってしっかりと自分を愛してくれる方だわ。エレイン、貴女はその賭けに勝ったようだけれど……」


「幸い、ね。ただ気づくのに大分時間がかかった気がするけれど」

 

 そう、何十年となく時間がかかった。

 死んでみなければ気づかないほどの時間が。

 しかしこうして戻ってみればクレマンの私に対する深い愛情は否定し難い。

 私もまた、クレマンを大切に思っているわけで、私と彼の結婚は貴族の婚姻として極めて成功した例だ、と言えるだろう。

 イリーナとジークは……そういった意味での関係性はまだ築かれていないと思うが、確かに仲睦まじい様子なのは間違いない。

 ずっと手を繋いでいるし、お互いに笑顔を絶やさない様は、本当に微笑ましく感じる。

 これは、ベルタも同じ感覚なのだろう。


「あれだけ貴女にしか目に入っていないように思えるのに、気付かなかったって、エレイン。貴女、相当のようだけど……」


 この場合の相当、とは相当ひどい、という意味だろう。

 これについては否定できない。

 私は首を横に振って、


「私には他に見たいものがあったのよ。そんな中で、夫の愛情についてまで気を配っている余裕はあまりなかっただけ。でも、夫の愛情は……いつも感じていたわよ」


 これは本当の話だ。

 そうでなければ、私は家族ですらも途中で犠牲にすることに躊躇はしなかっただろう。

 しかし、現実を見てみれば、私は意外なことに誰一人として、家族を犠牲にはしなかった。

 犠牲にした方が効率的な場面も、当然いくつかはあった。

 けれど、私にはそんなことは出来なかったのだ。

 家族が、確かに大事だったから。

 なぜと言われると非常に困るところではあるが……やはりその答えは単純にして簡単だと思う。

 つまりは、私は家族が大事だったから、だ。

 そしてそのことは今も変わらない。

 前の時とはかなり性質の変わった部分はあるけれども、それでも本質は同じだ。

 彼らのために、私は自らの命をかけることくらい、できるという意味で。


「思った以上に愛し、愛されているのね。エレイン。羨ましいわ」


 ベルタがそう言ったので、


「ベルタ、貴方とニコライもそうでしょう」


 と言っておいた。

 ただ、私ほどには恥ずかしくないようで、


「あら、やっぱりそう見える? そう、ニコライは素敵なのよ……」


 と、そこから何かが始まるような気がしたので、慌てて話題を別に変えることにした。


「そういえば、イリーナも魔術については安定していないようね……」


 イリーナとジークについては、ただ遊ばせている訳ではなく、それなりの修行も課していた。

 武術、となるとオクルス家とファーレンス家が同じ場所にいる間に怪我などすると問題が生じてしまうため、魔術だけには区切ってはいるが……。

 イリーナにはかなりの才能を私は感じていた。

 けれどベルタは首を横に振って、


「いえ、イリーナには魔術の才能はあまりないわ。魔力の偏りも小さいから、属性魔術もあまり……」

読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] イリーナもジークと同じパターンなのかね? だとすると化け物夫妻の誕生っすね!(笑) まぁ当分先なんだろうけどww
[気になる点] >けれど、私にはそんなことは出来なかったのだ。  家族が、確かに大事だったから。  なぜと言われると非常に困るところではあるが……やはりその答えは単純にして簡単だと思う。  つまりは、…
[一言] お、まさかジークパターンか?
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