第63話 お誘い
「そういえば、イリーナが落ちた時、船にぶつかってきた鬼魚は相当大きかったが、結局港に戻るまで姿を現さなかったな……現れれば、一刀両断にしてやったというのに」
ニコライが夕食に舌鼓を打ちながらも、ふと思い出したようにそう言った。
クレマンがそれに対して苦笑しながら、言う。
「そうは言っても、流石に船に疲労した愛娘を乗せたまま戦闘するわけにはいかなかっただろう? むしろ襲ってこなかったことに感謝すべきだよ」
これには喧嘩っ早いニコライも、
「む、確かにそうだが……」
と一理あることを認めた。
クレマンは続けて、
「しかし、そんなに大きな鬼魚がいたのかい? あの時泳いでいたものは僕らも見たんだが、通常のサイズより少し大きい、くらいのものしかいなかったように思ったのだけど」
確かに、その通りだ。
上位種、ということでそう言われればサイズが一回り大きく、見た目も多少違ってはいたがその程度だ。
オクルス家の保有する船を、大きく揺らすほどの攻撃ができそうなサイズではなかった。
そんな疑問にニコライが答える。
「気づいた時にはいなくなっていたからな……だが、確かにいたぞ。我々の船より一回り小さい、くらいのサイズだったが、相当に巨大な鬼魚がな。あれほどの大きさのものは湖ではついぞ見たことがない」
「そこまでの……!?」
「あぁ。海ではそれに近いサイズの鬼王魚と呼ばれる大きさのものは見たことがあるが、流石に湖ではな……。ただ、ライア山沿いの鬼魚は巨大化するとは聞いたことがあるんだが……」
「確かに、山から流れてくる土壌に含まれた魔石などを摂取するから、湖に生息する生き物の類は、水源となっている川などが流れ込んでくる辺りのものの方が大きいと言われているね……確かにアシャン湖は複数の流入河川があるけど……」
「あぁ。だから、その辺りの鬼魚が港近くまでやってきたのだと思う」
「まぁ、その可能性はあるね。でも、どうして? 普段は住み分けがある程度なされているのだろう。アイテールの港近くまで来たら、人に狩られてしまうことくらい、それくらい大きく育った個体なら分かっていそうなものだが」
このクレマンの台詞は、魔物の基本的な能力からのものだ。
絶対に、とはいえないが、魔物は同じ種なら大きなものの方が知能が高いのが普通だ。
これは魔物には一般的な動物のような成長限界というものが存在せず、長く生きれば生きるほど巨大化するものが多いからだ。
もちろん例外はあるのだが、鬼魚については長く生きた個体ほど大きい。
そして、そういった個体はかなりの知恵をつけるのだ。
その中には、人間に近づかずに長生きする方法も含まれるだろう。
だからこそ、アイテールの港では滅多にそこまで巨大な鬼魚が出現することはない。
それなのに、今回はそうやって出てきた。
これは少しばかり不自然な話だった。
ニコライはクレマンの疑問に頷き、
「俺もそう思う。だから、何か異常があったのではないか、とも思っている」
「異常? 湖にかい?」
「或いは、山で、かもしれんが……いつも住処にしている山近くのところにいられなくなったのではないだろうか?」
「ふむ……考えられない話じゃないけど、確定しようがないね」
「まぁな。だからちょっと話があるんだが……」
「ん?」
「俺たちで調査に行かないか? あのような鬼魚が頻繁にアイテールの港近くに現れるのでは、流石にここでのんびりもしてられんからな」
「ニコライ。君は……」
クレマンがため息を吐いた。
あんまり乗り気ではないらしい。
「いや! 別にイリーナの仇を討ってやろうとか、憎き魚を焼き魚にしてやろうとか、そういうことを考えているわけではないのだ! あくまでも港の安全をだな……」
慌てて言ったその台詞は、言い訳にしか聞こえなかった。
というか、ほとんど自白に近い。
しかしクレマンはこういうニコライにも慣れているらしい。
「はぁ……まぁ、分かったよ。そういうことなら、付き合おうじゃないか。ただ……エレイン。すまないけど、一つ魔導具を持って行っても構わないかい?」
クレマンが私にそう尋ねてきた。
私はベルタと子供たちと会話していたが、クレマンとニコライの会話にも耳を澄ませていたのですぐに反応出来た。
「ええ、構わないわ。鬼魚の長寿個体となると、結構な魔術も使ってきそうだし、貴方達の安全のためにも必要でしょうから」
もちろん、それは《魔術盾魔導具》のことだ。
私たちの安全のため、携行できるものを持ってきている。
私かクレマンが必ずジークの側にいることは決めていたが、何らかの事情でどちらかが離れなければならない場面もあると思って、念のため三台ある。
そのうちの一つを出すくらいのことは容易だ。
ニコライはそれについて、
「《魔術盾魔導具》ならうちにもあるのだが……」
と言った。
あれはもう、国内ではかなり普及しているし、辺境伯家であるオクルス家が持っていないわけがない。
それでも一般の兵士にとってはまだまだ高価な品ではあるが、騎士達はかなりの割合で持っている。
ただ、あくまでそれらはコストと相談した上で色々と性能をダウンした普及品である。
それに対して、ファーレンス家が持っているのはそういった事情を完全に無視して性能だけを追い求めた品だ。
一般に売り出しても買うのは余程の資産家だけだろう、というくらいに金がかかっている上、万が一にも分析されてしまった場合の危険性なども考えて売り出していないものである。
だからクレマンは言った。
「そうだろうけど、うちのは少々性能が違っていてね。そもそもあれを開発したのは《魔塔》とウェンズ商会、それにうちなんだから」
「……なるほど。通常のものよりも相当に性能の良いものを持っている、というわけだな。通常販売されているものでもかなりの有用性を感じていたが……開発元がそういうのだから、クレマンの持つものの方が良いもので間違いないのだろう。では、頼めるか。できれば、事前に性能を見せてもらいたいのだが……」
「もちろん、そうしないと君も不安だろう。明日にでもお見せしようじゃないか」
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