第62話 増える友人
「……本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私がそう挨拶したのは、美しいドレスを身に纏ったオクルス伯爵夫人、ベルタ・オクルスに対してである。
切れ長の青い瞳に、薄い紫色の巻き髪をしたその女性は、一見、嫋やかな印象に見える。
けれど実際のところは夫の直情的なところを埋めるように貴族女性たちの間でも一目置かれた実力者だった。
少なくとも前の時は。
ただ、今の彼女を見るに、その見た目通り穏やかで優しげな印象であり、その瞳も特段、私やクレマン、それにジークを値踏みするような感じもない。
「いえいえ、ようこそおいでくださいました、ファーレンス公爵夫人。あの、エレインさまとお呼びしてもよろしいかしら……?」
「もちろんですわ。私も、ベルタさまとお呼びしても?」
「ええ。敬称など不要ですわ。どうぞ、ベルタと」
「では私のこともエレインと」
「えっ!? で、ですが流石に身分が違いますし……」
私は公爵夫人であり、ベルタは伯爵……辺境伯夫人である。
辺境伯は領土や役割から言って、公爵に伍する重要性を有する爵位であるが、古今の法からいって、通常、公爵の方が身分的には上になる。
だからこそのベルタの驚きであったが、私は言う。
「夫と辺境伯も気兼ねなく、お互いに呼び捨てで呼び合っていますし……私たちもそれに倣うというのは、不自然ではないと思いますの」
クレマンとニコライの方を見ると、まさにお互いに呼び捨てで楽しげに会話している。
前の時はあまり交流がなかった二人だったが、本当のところは相当に仲が良いのかもしれない。
まぁ、前の時は私がああだったから、そういった人付き合いについてもかなり気を遣ってくれていたのだろう。
ニコライとは極めて対立が先鋭化したこともあって、クレマンも仲良く、というわけにはいかなかったはずだ。
そう考えると非常に申し訳ない。
しかし、今回はそんなつもりはないので、私もクレマンとニコライの仲を悪くしないために、ベルタ伯爵夫人とも仲良くしようと思っている。
もちろん、それだけでなく、ベルタの能力についても知っているからだが。
《予言》のような特別な力は持たないにしても、貴族社会を優雅に歩き、情報に通じる力というのはそれだけで貴重なのだ。
「確かに……それもそうかしら……? わかりました。では、エレインと。ですが公式な場ではしっかりと対応させていただきますので、その点はご心配なく」
受け入れつつも、社交の場での失点にならないように立ち回る辺りは、やはりその本質が出ていると思った。
けれども、やはり前の時のような、蛇のような恐ろしさは今の彼女には感じない。
やはり数十年の時というのは、人を明確に変えてしまうほどの年月なのだろう。
今の彼女は、若く賢い、素直な貴族女性に過ぎないようだった。
「ええ、そういう場においては私も気を付けますわね」
「エレインはどのように振る舞っても咎められることはないように思いますけれど……」
早速、呼び捨てで呼んでくれたので私も同様にする。
「ベルタ。たとえ公爵夫人であっても、立ち回りを間違えるとひどいことになってしまうものですわ」
「そうなのですか?」
「ええ。場合によっては命を狙われることもね……」
前の時のことを思い出しながら、遠い目になってそういうと、ベルタもなんらかの真実性を感じたらしい。
少し目を見開きつつ、
「そのような危険な目に遭われたことがあるのですね……。であれば、その時はわたくしを盾にでもお使いくださいませ」
急にそんなことを言ったので、
「え?」
と首を傾げると、ベルタは続けた。
「夫から聞きました。娘の命を、御子息のジークさまと、エレインがお助けくださったと」
「ええ……そのお礼に、と今日の夕食に呼んでいただいたのですよね」
「そうですが、私としてはそれだけではお礼には足りない、と思っておりますの。今後、私にエレインやジークさま、それに公爵さまをお助けできることがありましたら、いつでもおっしゃってくださいませ」
どうやら、それを伝えたいがために今日は招いてくれたようだった。
ありがたい話だが、これほどまでに感謝されるのは意外だ。
前の時も彼女に恩を売ろうと色々とやったことはあるのだが、いずれも下心を見抜かれて終わった覚えがある。
今回はそういう気持ちの全くない、比較的純粋な善意からの行動だったから、ということだろうか?
思いつきで行動するのも、こうやってみると悪くないものである……。
「そんな……ありがたい話ですけれど、流石に盾になどなっていただくわけには参りませんわ。それに……何かあったら、というのであればベルタも同じです」
「とおっしゃいますと……?」
「ベルタも、何かあったら私に言ってくださいませ。そうすれば、私もベルタのことを助けることができますから」
「えっ、でもそれではお礼にはならないのでは……」
「礼は、今日こうしてお招きいただいたことで十分です。もしもそれで足りないというのなら……そう、私と、お友達になっていただけないかしら?」
「お友達に、ですか……? ですけど、私などをエレインの友人に加えていただくなど、良いのでしょうか……?」
「良いに決まっていますわ。夫と伯爵も友人のようですし、それに……ほら、家の息子とベルタの御息女も、あのように……」
見るとジークとイリーナが楽しげに会話していた。
二人は先日、船で対面した際に随分と意気投合して、港に戻るまでずっと仲良くしていたのだ。
子供同士の場合、次に会った時には他人行儀に戻る、ということもよくあるのだが、この二人の場合にはそういうことはないようで、仲の良いままのようだ。
手を繋いでいるほどで……うーん?
本当にただの友達感覚だろうかという気がしないでもないが、まぁ、まだお互い三歳、四歳くらいなのだから何か心配する必要もないかな。
ベルタは私のようなことは考えず、純粋に仲の良さげな二人を見て顔を綻ばせた。
それから、私の方を見て、
「そう、ですわね……家族同士、皆、友人というのは素敵なように思えます。エレイン、どうか私を貴女のご友人の列に、加えてくださいませ」
「もちろんですわ、ベルタ。これからよろしくね」
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