第59話 人助け
ここでどうすべきかについてはいくつか選択肢がある。
このまま放置すべきか、助けるかだが、別に少女を見殺しにしようとか考えているわけではない。
基本的に助けたいのだが、そうするには少しばかり問題があった。
ここ、アステールの地が私たちファーレンス家の領地というわけではなく、自由都市連合に加入している自由都市の一つだ、ということだ。
それがゆえに、トラッドの土地を前ファーレンス公爵が購入し、住むということが出来ている。
ファーレンス家の土地であるのならば、そんな行動を取る必要はなく、一部だけもらって隠居、とすればいいだけの話だから。
そして、ここが自由都市連合の一部であるがゆえに、様々な貴族がよく訪れている。
普通、他の貴族の領地に足を踏み入れる場合、事前の確認や手続きが必要なのだが、これが結構時間がかかることもある。
しかし、自由都市連合については、貴族が入るにはやはり確認や手続きが必要とは言っても、他の貴族の領地に入るほどの煩雑さはないのだ。
特に名前が知れているような身元確かな貴族は簡易的な確認だけで済む。
そのため、多くの貴族がここアステールを避暑地とし、別荘を構えているのだが、そのことがここでは問題なのだ。
あの溺れている少女の周りに浮かぶ船は、いずれも貴族のもので、見覚えのある紋章が輝いている。
蛇が剣に巻きついているようなその意匠は、ファーレンスから北に存在する辺境伯爵家、オクルス伯爵家のものだ。
つまり、あの溺れている少女はその関係者。
しかも身につけているものからして……オクルス伯爵令嬢の可能性が高い。
そんな彼女を、ファーレンス公爵家のものが助けると、それなりに摩擦が生じる可能性が高いのだ。
たとえば、自分たちだけで助けられたのに余計なことを、とか、他家の介入を許したオクルス家の護衛たちが処罰されたりとか、そういう問題が。
そしてそれらの責任はファーレンス家に押し付けられ、逆恨みされる可能性まである。
少女の近くに寄るまでにここまでを考えていたわけだが……。
「やっぱり、助けないっていうのはないわね」
「エレイン!?」
何をするつもりか、とクレマンが目を見開くが、そんな彼の横を通り過ぎて船の端まで進み、乗り出して呪文を唱えようとした。
けれど、意外なことに、私の呪文が完成するよりも早く、
「……うーっ!」
と、足元から声が聞こえてきて、見ればそこにはジークがいた。
彼が力いっぱい力むと、彼の体の周囲に闇色の光が輝き、そしてそれはまるで細い布のように変化して湖の中へと伸びていく。
そして、
ーーザバァン!
という音と共に少女の体が水中から持ち上げられ、そのまま私たちの船……ソフィ号の甲板の上に上げられたのだった。
「今のは……!?」
船員たちがひどく驚いているが、今はそれどころではない。
甲板の上に横たわる少女の元へと急ぎ、そして意識を確認する。
「貴女! 貴女! ダメね……返事がないわ……呼吸も止まってる。となると、まずは……貴方、この子に呼びかけを続けて」
クレマンにそう頼むと、彼は頷き、
「分かった、けれど君は」
「私は心肺蘇生を……疲れてきたら代わって」
言いながら、私は少女の胸部を圧迫する。
これについては魔術で、というのも難しく、前の時の後半に治癒術師が広めていた救助法に従うべきだった。
全く無理というわけでもないのだが、これが最も確実なことを私は経験で知っている。
胸部を一定のテンポで圧迫し、その後に呼吸を吹き込む。
それをしばらく繰り返すと、人工呼吸中に少女が水を吐いた。
まずい、喉に詰まってしまうかも、と思ったのでそれを除くべく魔術を構築しようとしたが、その後に少し咳き込んだ後、自ら呼吸を始め、顔色が良くなってきたので、
「……はぁ。なんとかなったみたいね……」
どうやら助けられたらしい、とそれで理解した。
それから、今まで私の後ろの方で不安そうに見ていたジークの方に向き直り、
「ジーク。この子のことだけど、助けられたわ」
「ははうえ……よかった。でも……さっきのぼくのは……」
助かったことについては純粋に喜んでいるようだが、それと同時に自分がやったことについてよく理解をしていないため、不安になっているらしい。
まぁ、それは当然だろう。
体から影のようなものが飛び出し、それが少女を救い上げたのだから。
一体何が起こったのかと思うのは当たり前だ。
ただ、私はあれの正体を知っている。
だから、ジークにも理解できるように、ただあまり難解な言い方にならないように説明する。
「ジーク。あれは貴方の魔術よ」
「まじゅつ……? でも、火とか土とかがでたわけじゃないよ……ふつうは、そうなんでしょう?」
「あぁ、普通は、というか比較的、数が多いのはね。でもそれ以外のものを出せる人というのがそれなりにいるのよ。難しい言い方だと、特殊属性魔力保有者なんて言ったりするのだけど」
「とくしゅまりょ……?」
「今のはまだ覚えてなくてもいいわ。でも、貴方もきっとそうなのよ。まだしっかりと調べていないけれど、私が研究していることでもある。いずれ《魔塔》のおじさんのところで調べるから、その時にどんなことが出来るかはっきりするわ。だから心配はいらないの」
「そうなんだ……! よかった……」
「それより、よくあの咄嗟の時にそんな魔術が使えたものよ。しかも使い方も偉かったわ。人助けしたんだもの」
褒めて頭を撫でると、ジークは、にへらと笑って、
「ひ、ひっしだったから……」
と顔を赤くした。
可愛いものである。
ただ、釘を刺して置く必要もあったので、私は少しだけ真面目な声で言った。
「そうね……でも、今回は運が良かったわ。魔術は、今回のように人を助けることもできるけれど、逆に傷つけることもできてしまう力なの。それは分かるわね?」
「……? うん」
「そしてその危険は魔術を自分でうまく使えないと高まるわ。だからね、ジーク。もしも今日みたいな人助けをしたいのなら、魔術をしっかり勉強することよ。それがしっかりできていない間は、私やクレマンとか、大人がいないところで魔術を使ってはダメ。いいわね?」
「う、うん……わかった」
真面目な顔で私の言葉に耳を傾けているジークがどこまで私の言っていることを理解しているかはわからない。
けれど、きっと彼は私の言葉に従うのだろう。
何か決意が固まったような表情が、そのことを私に教えていた。
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それと、本作とは関係ないんですが短編を書いたのでよろしければ読んでいただけると幸いです。
「心ない令嬢と黒公爵」
https://ncode.syosetu.com/n7606gm/
という作品です。
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