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第58話 船上にて

「ははうえ! ひいてるよ!」


 湖の上で、あまり大きくない船に揺られながら、甲板から下ろした竿の先が確かに動いているのを見つけて、ジークが嬉しそうにそう教えてくれる。

 

「あら、ジーク。本当ね……父上の腕の見せ所じゃないかしら?」


 竿を手に持っているクレマンが、私の言葉に少し苦笑して、


「僕もそれほど釣りは得意じゃないんだが、いいところは見せたいね……」


 そう言って真剣な表情で竿と向き合い始めた。

 先ほどまではぼんやりと釣り糸の沈んだ水面を眺めているだけだったけれど、こうなれば魚との戦いである。

 

「がんばって! ちちうえ! ヴィクトルがまってる!」

 

 ジークの応援は、今日の夕飯に関するものだ。

 本日、私たち親子はアステールが誇る湖、アシャン湖に公爵家所有の小型船に乗り、釣りを楽しむことになった。

 湖での漁については他にもっと効率がいいやり方もいっぱいあるのだが、遊びという面ではあまり面白くない。

 魔術で魚を捕らえる、というそこそこ楽しい遊びもあるが、これについてはジークにはまだ、出来ないことで、三人で楽しもうということになると、釣りが良さそうだということになった。

 私は全くやったことがないことだが、クレマンは流石にアステールによく来ていただけあり、経験はそれなりにあるらしい。

 ただ、才能はそれほどでもないらしく、一匹も釣れないこともあるよ、としきりに始める前に言い訳をしていた。

 目的は、親子水入らずで楽しく過ごすことなのでそれで全く構わないのだが、クレマン的にはその結果はなんとしても避けたいらしい。

 実際に釣りをする、という段になってはその瞳には真剣な光が輝き始めたのだった。

 それでもあまり得意でない、というのは事実のようで、釣り糸を垂らしてから一時間は何の動きもなかった。

 これではジークも退屈かな、と思っていたが、結構根気があるようで、クレマンと一緒に釣り糸の先を飽きずにじっと観察し続けていたので、来て良かった、と思ったくらいだ。

 前の時を思い出すに、ジークは確かに根気のある子だったな、と思う。

 釣りはしなかったけれど、政敵に遠大な罠を仕掛け、そこに引っかかるのを気長に待つことが出来る子だった……。

 こういうところは、子供の時からこのように性格として現れているのだな、と感慨深いものがある。


 そして……。


「よし、よし、よし! ここだっ!」


 魔導リールを巻きながら、力をうまく調整して逃げられないように、しかし徐々に距離を詰めていたクレマンが、最後の一押しと、引き上げると……。


「わぁっ!」


 ジークが空中に飛び上がった魚に感嘆の声を上げた。

 その魚を横合からうまく網でキャッチしたのは、私たちが乗っている船、ソフィ号の船長であるヨーラン・カイツである。

 いくら湖用の小さい船だ、とは言っても、アシャン湖自体かなり湖としては広い方で、それなりの大きさはある。

 私たちに、船長、それに数人の船員くらいはいるのだった。

 

「やりましたな、閣下」


 髭面の、いかにも叩き上げの船員、と言った容姿をしているヨーランが豪快な笑みを浮かべてクレマンにそう言った。


「あぁ、かなりの大物のようだね。これで妻と息子に胸を張れるというものだよ……!」


「一匹も釣れないのは、辛いもんですからなぁ……」


「分かるかい?」


「もちろんです。釣りに行ってそんな釣果だった日には、うちでの妻の目の冷たいこと冷たいこと」


「ははっ。君のような男でも、そういう事情は同じというわけか」


 男二人で妙なところで意気投合している。

 ただ、一応言っておきたいところだけれど、私は別に釣果がゼロであったとしても冷たい目はしない。

 ジークも。

 でもちょっとだけ、がっかりはするかもしれないけれど。


「ちちうえ! これ、きょうのよる、たべれる?」


 ビチビチと甲板の上で動く魚を遠巻きにしゃがんで観察しつつ、ジークが尋ねる。


「あぁ、食べれるはずだよ。こいつは、アシャン闇魚ダークフィッシュだから……闇魚は様々な淡水湖にいる種類だが、特にアシャンのものは美味しかったはずだ。そうだね、ヨーラン?」


「ええ。こいつは塩焼きにしてもフライにしても、バター炒めにしても旨いですよ。俺としては塩焼きを勧めたいですが、このサイズなら全部楽しめそうですな」


「ぼく、ぜんぶたべる!」


「おぉ、お坊ちゃまは食いしん坊ですな。しかしその方が大きくなりますぞ」


「ヨーランみたいにおっきくなれる?」


「俺など簡単に超えられますよ。もしかしたら、ライア山よりも大きくなれるかもしれませんな」


 ライア山は、アイテールも街からアシャン湖を見た時、向こう側に見える小高い山だ。

 トラッド、と呼ばれる土地があの辺りにある。

 それほどの標高ではないけれど、流石に人間のなれるサイズではないので当然冗談なのだが、ジークは割と乗り気だ。

 可愛いものだが、いずれ無理だと気づく日が来るのが少し可哀相で苦笑してしまった。


 それからしばらく、私たちは釣りを続けたが、その日の釣果はアシャン闇魚が三匹、という悪くないものになった。

 数としては少し寂しい感じもするが、サイズが結構ある。

 そして、そろそろ戻ろうか、という段になって、アイテールの港に近づいた時、


「船長! 大変だ!」


 という船員の声が聞こえた。


「どうした?」


「誰か船から落ちたらしい。あっちだ!」


「あぁ? 縄でも投げればいいだろうが」


「いや、魔物がいて近づけないみたいだ」


「おいおい、まじか。ちょっと双眼鏡かせ!」


 徐々にその場所に近づいていくと、肉眼でも観察できるくらいになる。

 すると確かにそこには溺れている少女が一人いた。

 周囲には何艘か船が浮かんでいるが、少女の近くを大きな魚影が泳ぎ回っている。

 あれは……鬼魚オーガフィッシュだ。

 成人男性ほどの大きさの魔物で、主に海を住処とするが淡水にも普通に適応していることがある。

 アシャン湖にもおり、船乗りからは恐れられている魔物だった。

読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 奥様、出番でございます!(笑) ジークの尊敬を一身に浴びるチャンスですよ!
[一言] 落ちてすぐに食われなかったのは不幸中の幸だった
[良い点] 釣果なしでも気にしないとはいい奥さんです。 でもクレマンの男のプライド的には釣りたいという気持ちは理解してないかも。 [気になる点] またしても前の時に救えなかった人を救う予感。
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