第57話 食事
「……ようこそいらっしゃいました、旦那様、奥様」
別荘の前に馬車が止まると、扉の前にはすでに三人の使用人が私たちを出迎えるために出ていた。
そのうちの、最も年嵩と思われる、洗練された物腰の男性が私たちにそう言ったのだ。
身につけている服装から、彼がこの別荘の全てを取り仕切る立場にあることが分かる。
私は会ったことがなかったが、クレマンとは面識があるようで、
「あぁ、デニス。久しぶりだね。変わっていないようで何よりだよ」
そう言った。
「いえ……旦那様は以前ここに来られた時はお坊ちゃまでいらっしゃいましたが、ご立派になられて……このデニス・リンデマン。非常に感激しております……」
「デニス、お坊っちゃまはやめてくれ……。だけど君にそう言ってもらえると少しは貫禄もついたのかと思って嬉しくなるよ」
「貫禄どころか、誰にも文句のつけようのない、ご立派な公爵閣下でいらっしゃいます……」
ほとんど涙を流しそうなほどの感激のしように、クレマンとはかなり親しい仲らしいと察する。
それだけに、ここに今まで来ていなかったことが申し訳ない。
クレマンも来たかっただろうが、義理の両親の住むところとも近いからこそ、避けていたのだろう。
前の時も、私はここには寄り付きもしなかった。
クレマンは密かに来ていたかもしれないが……。
「ふ、ありがとう。ところで、もう分かっているようだが、こちらが妻のエレイン、そしてこの子が息子のジークハルトだ」
促されて、まず私が、
「デニス。エレイン・ファーレンスよ。どうかよろしくね。それと……長い間、ここに訪ねて来られなくてごめんなさい」
と謝る。
しかしデニスは、
「いえ、奥様。なんともったいないお言葉。この別荘は、いつでも私どもで完璧に手入れさせていただいておりますので、いらっしゃりたくなられた時に、お好きに使っていただければそれで十分でございます」
「ええ、そうさせていただくわ。ほら、ジーク。貴方もご挨拶を」
私の言葉に、繋いでいた手を離して、ジークが覚えたての挨拶を少し突っかかりながらも始める。
「デニス……ぼくは、ジークハルト、だよ。あの、えっと、よろしくね?」
小首を傾げてそう言ったジークは親の欲目でなく可愛らしいと思う。
デニスは微笑み、蹲み込んで視線を下げて、
「ええ、デニスでございます。どうぞよろしくお願いします。お坊っちゃま」
そう言った。
「……ふ。僕も昔はこうだったのかな」
クレマンが懐かしそうな表情でそう言うと、デニスは頷き、
「ええ、十数年前を懐かしく思います。さて、いつまでも外というのも申し訳ないです。どうぞ、皆様、中へ。長旅でお疲れでしょうし、湯浴みの準備もしております故」
そう言って別荘の中に招いたのだった。
******
「……おいしい!」
ジークがフォークを片手に笑顔でそう言った。
夕食時。
別荘専属の料理人が作ってくれたものを家族三人で一緒に食べる。
ジークも三歳であるため、それなりに食べられるようにはなっているが、私やクレマンとは少しメニューが違っている。
どれも消化に良いもので、ただ、しっかりとこのアステールの特産品であるお魚を使ったコースになっていて、気を遣って作ってくれているのが分かる。
それだけの腕の者を二年近く放置してしまっていたのも申し訳なく思うが、それについて口にするとクレマンが、
「それについては気にしなくても大丈夫さ。料理長については、アステールの街で店を出してもらっていてね。普段はそちらの方でその腕を振るってもらっているから。僕たちが滞在している間だけ、ここに常駐してもらっているのさ」
「そうだったの? でも、そうすると今、お店の方は……?」
「彼にも腕のいい弟子がいる。だから今は彼らが店を取り仕切っているね」
「それでも料理長がいないのでは、味が落ちたと言われてしまうのではないの? それは……やっぱり申し訳ないわ」
そう言うと、クレマンが、部屋に立って、私たちの質問にいつでも答えられるように待っている料理長……ヴィクトル・アダンに視線を向けて、
「大丈夫なのだよね?」
と水を向けた。
するとヴィクトルは私の方を向いて、
「奥様。ご心配いただき、大変にありがたく思います。確かに、私が店にいない場合、全く同じ味を出すことは不可能なのですが……」
「やはり。では困るのでは?」
「ええ、通常と同じように営業するのであれば。しかし、私がいる時は高級アステール料理の専門店として、ある程度の格式を保った形で営業しているのですが、そうでない時は、大衆料理店として営業することになっているのです。価格もそれに合わせて下げておりまして、比較的好評をいただいております。ですから、本当にお気になさらなくても大丈夫なのです」
「そんなことを……しかし、それではだいぶ客層も変わってくるのではなくて?」
「ええ。主にアステールに住む庶民層が多くなりますね。普段ですと価格の問題でうちの店は中々入れない、と思っておられる方々ですが、こういう時には良い機会だと来ていただけるのです。そして、味を気に入っていただけた場合、記念日などには通常営業であっても食べに来てくださる。ですから、良い宣伝にもなっております。それに、普段来ていただけるような方々……主には、有力な商人方や、アステールに避暑に来られた貴族様方になりますが、彼らもたまには肩肘張らずに済む大衆料理もいいだろうと来てくださいまして……」
「それはまた、上手にやられているのね……それって、ここにファーレンス公爵家が別荘を構えてからずっと?」
これにはクレマンが答えた。
「少なくとも、僕が子供の頃からそうだったようだね。始めたのは父のようだが……酔狂な人だからね」
「お義父様が……」
「実のところ、ご隠居様には、店で出す川魚を卸してもらう事もありまして……」
ヴィクトルが微笑みつつ言う。
「そんなことまで……?」
「だから言っただろう? 酔狂な人なんだよ」
「流石に今日の料理は……?」
「これらはアステールで獲れたものになります。ただ、皆様が来られると聞いて、それなら何か魚と山菜でも贈る、という知らせが届いておりますので……近いうちに、お出しできるかと」
「ありがたいけど、ご挨拶に行くつもりだからすれ違いになってしまいそうね」
「ご隠居様のところに行かれる予定でしたか。それでしたら、大変喜ばれるかと」
読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、面白くなりそうと思われましたら、下の方にスクロールして☆を押していただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。
ブクマ・感想もお待ちしております。