第55話 根回し済み
「……あら?」
王都のファーレンス館、その執務室に重なっている書類の数々を整理していると、ウェンズ商会からのものの大半が、結果が出るのは一、二週間はかかるためその間は報告すべきことはない、という記載になっていた。
これ自体はおかしくない。
たまにそういうこともあるのだが、しかしこうまでどれもこれも同じように一、二週間は何も私にしなくていい、とそう言わんばかりの内容になっていることには不思議に思った。
まぁ……でも、《魔術盾魔導具》を発売してから一年が経ったのだ。
こういうことが一度あっても、それはそれでおかしくはない、かしら?
それに、商会の仕事がなくとも、他にも私にはやるべきことが色々ある。
「とりあえず、《魔塔》に行ってこようかしら。アマリア! 馬車の用意を!」
*****
「……なるほど、それでここにいらっしゃったのですか。しかし……こちらでも今はお願いすべきことは……。あるとすれば、つい先日、共同で完成させた特殊魔力検出装置の精度測定ですが、これに関しては被験者たちを調査して数を揃えている最中ですしな」
《塔主》カンデラリオが《魔塔》の執務室でお茶をずず、と飲みながら私にそう言った。
落ち着いた様子で、私の突然の訪問にも驚いているそぶりはない。
一応、先ぶれは出したので、そのためだろうが……しかし落ち着きすぎな気もする。
カンデラリオはいつも年相応の落ち着きを持った、大らかで冷静な性格をした老人だが、私が来るたびにどこか呆れた、今回は何をするつもりなのか心配するような表情をしていることが多かった。
それなのにこの落ち着きぶりは……かえって怪しさすら感じる。
だが、理由についてはまるで思いつかず、尋ねるにも質問内容が曖昧すぎて何も言えない。
仕方なく、とりあえずは今、カンデラリオが挙げた話題について言う。
「それには大体どれくらいの期間が必要でしたかしら。先日のお話だと、五日程度だったと思うのだけど……」
「そうですな。本来でしたらそのくらいの予定で、三日後には、と思っていたのですが、ここに来て被験者の数が少し増えまして。遠方に住まう者もおりますので……まぁ、概ね、一、二週間ほどかかると予想しております」
「一、二週間……?」
それは、どこかで聞いた期間である。
つまりは、ウェンズ商会の仕事があまりない期間と一致していた。
ここに来て、私はやっと察する。
カンデラリオを若干強く見つめると、冷静ぶったその額から、汗が一筋流れた。
「……カンデラリオ様。謀りましたわね?」
「さて、何のことやら……。しかし、エレイン様。最近あまりにも働きすぎだとは、様々な方面から聞いておりますぞ。ちょうどよく、一、二週間、何もせずとも良い時間があるのですから、仕事以外のことに当てられてはいかがですかな?」
「どの方面から聞いているのか詰問したいところですけど……はぁ。確かにその通りかもしれませんわね。少し考えてみますわ。それにしても、一、二週間と言うからには、二週間、私は本当に何もしなくても大丈夫ですの?」
「そのくらいの間でしたら。もちろん、エレイン様が決裁されなければ進まないことというのはそれなりにありますが、急を要するようなものは今のところありませぬ。その辺りについても、多方面と調整済みでしてな……」
「なるほど、よく分かりましたわ。では、カンデラリオ様。お願いいたしますね」
私が立ち上がると、カンデラリオも同様にし、部屋から出ていく私に深く頭を下げて、
「お任せください。そしてどうぞごゆっくり、休暇を取られますよう、お願いいたします」
そう言ったのだった。
*****
「やぁ、帰ってきたね、エレイン。どうやら休暇が取れたようで、僕も安心しているよ」
出迎えてくれたクレマンの第一声がそれだったので、私は察する。
「カンデラリオ様のおっしゃっていた、多方面、には貴方も含まれていたわけね……」
鎌をかけるような言い方だったが、クレマンは特に誤魔化すことなく、素直に言う。
「と、言うより僕が主導したんだよ。君はここのところあまりにも働き過ぎだからね。それに、ジークも最近はよく喋るようになってきた。君とも長く一緒にいられる期間を作ってやりたくてね……」
「そう言われると、貴方を責めることも出来ないわ。確かにジークとの時間は……毎日仕事を始める前に、間に、終えた後に、と取っているつもりではあったのだけれど……やっぱり、ジークにとっては満足出来なかったかもしれないし」
「ジークは聡い子だからね。君が仕事を始めなければならないことも、あまり邪魔してはいけないことも、みんな分かって控えめに甘えてるのさ。僕も積極的に構ってはいるし、楽しそうにはしてるんだけど、たまにふっと君の方が気になって見つめている時もあってね。やっぱり父親より母上の方が好きみたいだよ」
これはちょっとした冗談も入っているだろう。
ジークはクレマンのこともちゃんと好きだ。
ではどうして私の方が気になっているか、と言えば、やっぱりクレマンより私の方が構えていないところがあるからかもしれない。
クレマンの方が仕事について余裕があるというか、のめり込みすぎずに時間を取る才能がある。
私はやろうと思ったらいつまでも手を離せずにずっとやり続けてしまうから……。
その結果が、ジークの態度に現れているのだろう。
申し訳ない限りだった。
ジークにも、クレマンにも。
私はクレマンに言う。
「ごめんなさい。なんだか、家庭を顧みていなかったみたいだわ、私」
「はは。その台詞はどちらかと言えば男のものであることが多いのだけれど、我が家では逆のようだね。でも君は顧みていないわけじゃないよ。何が理由なのかはわからないけれど、君はやらなきゃならないことを一杯抱えているのだろうと分かるからね。どうしても時間が足りない、となってしまうのだろうさ。でも、たまには休んでもいいはずだ。だから、ウェンズ商会にも《魔塔》にも無理を言って、時間を作ってもらったんだ。発案は……アーロン君なんだけど、率先して動いたのは僕だ。だから彼のことも怒らないでやってくれ」
「そんなことは勿論よ。皆に心配かけていたみたいね……本当に申し訳ないわ」
「いいさ。しっかり休んでくれれば。ところで、王都にいては君が本当に休めることはないだろうと思ってね。ちょっと避暑地に行かないか? 君が嫁いできてから一度も使っていないけれど。アステールにファーレンス家の別荘があるんだ」
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