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悪役一家の奥方、死に戻りして心を入れ替える。  作者: 丘/丘野 優
第二章 親友と子供と

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第54話 商人アーロン・ウェンズ(後)

 セリーヌ様との関係を結んでから、ウェンズ商会は実質的には彼女の保有する商会と言っていい存在になった。

 けれども、表向きにはセリーヌ様とも彼女の実家であるルミエラ家ともブラストリー伯爵家とも関係のない、独立独歩の商会として活動していた。

 連絡もウェンズ商会が抱える情報組織《梟》を通して行ってはいたが、やはり表向きに関わることは少なかった。

 だからこそ、意外だった。

 セリーヌ様から直接、表の連絡口を通して手紙が送られてきたのは。

 そこにはこう記載してあった。


『いつか話した私の親友の話を覚えているかしら。今回、彼女たっての願いで、貴方と貴方の商会を私の方から紹介する事になったわ。私の心配も、ほとんど消え去りつつある。だから、貴方から見て問題がなければ、彼女と取引してあげて。ただし、私の親友だからといって極端な便宜を図る必要はなく、あくまでも対等の相手として扱って頂戴。そして一応言っておくけれど、彼女はかなり手強い人だから、舐めてかかると痛い目を見る、ということも伝えておくわね。では、よろしくお願いするわ』


 特段、暗号など含まれていない通常の文章であり、字義通りの意味しかないことはすぐに分かった。

 つまり、これはセリーヌ様からのまさに普通のお願いなのだろう、と。

 ただそれにしては随分と、親友の方に対して厳しめな感じもした。

 紹介できるようになった、ということは昔話していた心配というのはもうないということは分かったが、だとすれば便宜を図って欲しい、と言ってくれても言われた通りにするというのに。

 むしろこれでは僕に対する注意書きのようですらある。


 そしてその考えが正しかったことを、実際にその親友、エレイン・ファーレンスが店を訪ねてきて深く理解した。


 彼女の名前はもちろん、聞いたことはあった。

 ファーレンス公爵家の公爵夫人であり、家系には聖女の血筋を宿す貴き出自の人だと。

 ただ、それには他にも修飾があって、つまりは非常に我儘であり、自分勝手な人間であるという話も伝わっていた。

 公爵家に嫁いでからというもの、その我儘は天井を見ることはなかった、とも聞いていたが、そういえば、ここのところは聞いていない気がした。

 ただ、彼女がセリーヌ様の友人であるというのは相応しくないような気がした。


 それなのに、実際に商会にやってきたエレイン様は、まさに公爵家の奥方、という感じの人であり、年齢に似合わぬ貫禄と話術、それに珍しいものは見飽きたとすら思っていた僕をして信じられないような品をさらりと出してくる、びっくり箱のような人だった。


 どうにかして会話の手綱をこちらで握ろうと挑戦はしてみたものの、いずれも失敗し、最終的には商人としての敗北すら感じた。

 けれど結果を見てみれば、僕は負けたどころかとてつもなく大きな利益を手にしていた。

 新型の魔術盾の魔導具、その共同開発の提案に、《魔塔》の《塔主》との会談権である。

 こんなものは、昔と比べてかなり商会を大きくした僕であっても、そう簡単に手に入れられるものではない。

 それをこうまで気楽に差し出してくる人に、僕は驚愕を覚えたくらいだ。

 それにその情報力にも感嘆した。

 元々、新型の魔術盾の魔導具の開発は僕が、イサークという偶然知己となった技術者と共にここ一年くらい相談していたことだったが、まだ全く表に出していないその計画を、彼女はすでに知っていたのだ。

 しかも、イサークの腕を高く評価した上で、自らの発明した魔導具の改良計画にイサークを引き込むべく動いていたのだ。

 後々聞いてみれば、《魔塔》も、僕も、ウェンズ商会も、そしてイサークも……その全てを引き入れることは初めから考えていたことだったというのだから、その深謀遠慮は僕程度の人間が想像できる範囲を超えていたのはいうまでもない。

 ただ、そんな彼女でも全てを自分でできる、というわけではない。

 魔導具についてはイサークの方が詳しく造詣が深いし、商売については僕の方が、そして魔術師たちの力関係や情報については《魔塔》の方が遥かに良く分かっていた。

 ただ、それでもエレイン様の評価がまるで下がらなかったのは、彼女が自分のできることとできないことを自覚し、できないことについては他人に大きな権限を与えて任せることができる人だったからだ。

 そのお陰で、新型の魔術盾の魔導具……《魔術盾魔導具シールダー》と名付けたそれは、当初エレイン様が試作した品から十分な改良を施され、一年前から多方面に販売されている。

 実のところ、性能自体は試作品が最も高かった。

 けれど、それではコストが高く、さらに軍事的価値が高すぎて、一般に流通させるには様々な問題が考えられた。

 その辺りについて配慮した品を相談の上開発し……そして売り出したということだ。

 新型を開発したところで、元々《魔塔》が作っていた品であるから、そうそう売れるということもなさそうだが、そもそも《魔塔》がその開発に積極的に関わっている上に、エレイン様が行った宣伝活動のお陰で発売するころにはその知名度は恐ろしく高くなっていた。

 その宣伝活動とは、自由都市連合を襲った魔物の大量襲撃事件……つまりは局地的な《海嘯》において、ファーレンス騎士団が《魔術盾魔導具》を大量に装備し、駆けつけて相当な戦果を得たことだ。

 《海嘯》においては、通常の魔物に加え、かなり多くの魔術を放つような強力な魔物も出現するが、派遣されたファーレンス騎士団はそれらの魔物に率先して相対し、しかしほとんど損害も出さずに乗り切った。

 なぜそんなことが出来るのか。

 魔術盾を使える魔術師を大量に連れてきたのか。

 そんな自由都市連合の疑問を、彼らは自分たちの持つ魔導具の効果であると語った。

 新型の《魔術盾魔導具》の試作品であり、その効果を実戦において試すために持ってきていたと。

 もちろん、あまり利用価値がなければ即座に放り出して通常通りの戦いをしただろうが、実際に使って高い効果を発揮したことは、この損耗率をみれば明らかであろうと。

 いずれ売り出される予定で、価格も相当低くなると《魔塔》や《ウェンズ商会》からも聞いていると。

 そう言ったのだ。

 この試作品の実戦での使用は、エレイン様が《魔塔》と僕らウェンズ商会に相談の上に行った宣伝活動で、これのお陰で、一年後に発売したそれらは本当に飛ぶように売れた。

 特に、威力を実際に目にした自由都市連合からはひっきりなしに注文が入り、またそれに続いて国内各地の貴族や騎士団、魔術師団からのそれも続いた。

 今後は国外への販売も考えていく時期に来ているが、その辺りについては法の壁などもあってそう簡単ではなく、国との掛け合いについてはエレイン様が行っている、という感じだ。


 本当に、たった二年で、僕らの状況はほぼ全て変わってしまった。

 ただ、これからも僕らの商会が大きくなっていくことは間違いなく、またそれにはセリーヌ様のみならず、《魔塔》、そしてエレイン様とも協力した上でのことになるだろう。

 中心には間違いなくエレイン様がいて……セリーヌ様が「あの子は軸のような人なの。これからも色々なことが起こるでしょうけれど、一緒に乗り越えていきましょうね」と言ったことが脳裏に思い出される。

 僕にできることはそれほど多いとも思えないが、今ではセリーヌ様のみならず、エレイン様にも心から力添えしたいという気持ちが湧き出ていた。


 ところで、そんなエレイン様だが、今でも精力的に働かれている。

 けれどあまりにも働きすぎているので、ファーレンス公爵閣下から、相談すら持ってこられるようになっていた。

 いわく、


「……妻に少し休暇をくれないか?」


 これには色んな意味で驚いたが、そもそも彼女は僕の従業員というわけではない。

 いつでも好きに休んでいただいて構わないと言ったのだが、公爵閣下は頭を抱えて、


「そう言って休むような妻ならこんなに悩まないんだ……」


 と唸られた。

 仕方なく、僕は公爵と相談し、少しばかり悪どい、かもしれない提案を行ったのだった。

読んでいただきありがとうございます。


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どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 公爵様より強制休養のオーダーが入りましたー!(笑)
[一言] ファンタジーなラノベで良く目にする“モンスターのスタンピード状態”を『海嘯』と命名されていたので。 昔、大好きだった懐かしの【宇宙家族カールビンソン】を思い出しました♪
[一言] 働きすぎで休まされる ワーカーホリックかな?
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