第52話 込める想い
「……この大きさで、それほどの性能を出したのか……あんた化けもんだな」
アーロン行きつけだという王都大通りの店の個室の中で、イサークが呆れと感動を同時にその顔に浮かべながら、手のひら大のメダルを見てそう言った。
もちろん、私が製作した魔術盾の魔導具であり、今までの経緯と合わせて既にイサークに説明してある。
その際に、実物があれば見せて欲しい、と言われたので素直に見せた。
本当ならそれはするべきではないだろう。
まだこの魔導具について契約を結んでいるわけではなく、イサークは一流の、しかも天才的な職人だ。
外側から見ただけでもその仕組みをある程度看破し、模倣品を作り出してしまう可能性はある。
それが出来ないように可能な限りの妨害機構も組み込んではいるものの、私はイサークのような天才ではない。
天才の前には凡人の努力など笑って乗り越えられるということはリリーで十分に理解している私だ。
イサークについても全く侮りはない。
けれど、同時にイサークについて、私は知っていることがある。
「ところでイサーク、その魔導具の仕組み、君ならなんとなく理解したんじゃないかい?」
アーロンがそう尋ねると、イサークは難しげな顔で答える。
「……大雑把にはな。だが、小型化やメンテナンス性をどうしているのかとか、そういった辺りについてはそうそう分からん。試行錯誤の果てにあるものだからな」
「なら、君ならしばらく試行錯誤すれば作れるわけだ。資金は僕が出す。いくらでもだ。だから一年以内に同じものを作ってくれ」
アーロンはこちらをチラリと見つつ、そう言った。
彼が言いたいのは、こういう迂闊な情報の漏らし方をするとこういうことになるよ、ということだろう。
ただし、本気ではない。
その瞳の光がそう言っている。
それに実際、アーロンの遠回しな忠告も正しい。
けれど、私はそれらを全て理解した上で、イサークに見せたのだ。
事実、イサークは次の言葉でその私の確信を証明してくれた。
「おい、アーロン。俺は技術者だ。店で魔導具を売ってはいるが、根っこがどこにあるかって言われたら、技術者なんだよ」
イサークの少し落とした声に、アーロンは、あっ、という顔をする。
それは自らの失策を悟った顔だ。
「いや、イサーク、すまない。僕は……」
と、今のやりとりがどんな意味合いで行われたか、説明しようとしたようだが、その前にイサークの声が大きくなり、ほとんど怒鳴り声に近い音量でアーロンに雷が落ちる。
「アーロン! だから俺はなぁ! せっかく作ったものが……他人に勝手に盗まれるなんてこたぁ、許せねぇんだよ! ゼロから作るってんなら、話は別だが、俺はもうこいつを知っちまった。そしてこいつを見た上で、ゼロから、全く別の機構で同じだけのものを作れって言われても……そいつは無理な相談だ。こいつはそれだけのもんだ……アーロン、お前はそういうことをよくわかってる奴だったんじゃねぇのか? 《魔塔》の魔術盾に対抗する品をって言ったときだって、俺が盗むんじゃなく、全く新しい機構を、と言ったとき、お前はそうすべきだって言ってくれたじゃねぇか。それなのに、そんなお前が……どうしてこのご夫人の発想を盗めだなんて言えんだよ……なぁ?」
最後には悲しげな声でそう言ったイサークだった。
そう、イサークはこういう人間なのだ。
技術者が作り上げたものを、極限まで尊重する職人の鑑。
だからこそ、私は見せた。
彼がそれをただ真似て出す、ということを許すような人間でないことを分かっていたから。
アーロンもそれは知っていたのだろう。
知っていた上で、それでもイサークと組んだ。
だからこんなことは言われるまでもないことで、ただ、私に一泡吹かせてやろう、みたいな若いことを頭の片隅で考えていたからイサークの大事なものまで傷つけかけてしまったわけだ。
なんだか本当に若いんだな、と思う。
前の時のアーロンは、そんな失策などまず犯さない、それこそ化け物のように冷徹で客観的な人間になっていたから。
実際のところ、そのように振る舞っていただけで、その中にはもっと人情味に溢れた性格があったのだろうなと今にして思う。
まぁ、あの頃の私にはどう逆立ちしたって見えなかった部分だろうけれど。
アーロンはイサークの言葉に申し訳なさそうな顔で、
「イサーク。君の言う通りだよ。すまなかった……」
と素直に頭を下げた。
イサークがそれに対して、
「わかったなら、いい。だがなんで……」
「あぁ、それについては僕、この人に会ってからずっとやり込められきりなんだ。だからちょっとだけ意趣返しをしようと思ったんだけど……そもそも君のそういう一本気な性格が頭から抜けていたんだよ」
「じゃあ、ただの冗談だったわけか」
「そういうこと。まぁ、これからは冗談にしても言わない方がいいって分かった」
「へっ。ならいいんだが……ただ、あんたには悪かったな、夫人」
何故かイサークが私に頭を下げる。
「別に構いませんわ。私、きっとこんな感じになるんじゃないかと思っていましたから」
「そうなのか?」
「ええ。イサーク様の作る魔導具を見れば、どれだけの気持ちを製品に込められているのか分かりますから。私の作ったものをお見せしたからといって、発想を盗んだりすることもないだろうと。アーロン様についてはその限りではありませんけれど」
「こいつはなぁ……そういうところ、商人らしいといえばらしいんだが、友達がいなくなるぞ?」
「ふ、二人とも……随分言ってくれるね……? だが、海千山千の古狸ばかりの商人業界で生きていくには、それくらいでなければ厳しいんだよ……」
「俺は商人じゃないし、夫人もどっちかと言えば俺の側だろ。俺の言葉遣いも普段通りで気にしないって言ってくれるようなお人だ。信用してもいいんじゃねぇか?」
「君は……はぁ。まぁ、君はそれくらいでいいんだろうね。でも……エレイン様。イサークはこのような人間です。それでも僕らと協力をされる気持ちにお変わりはないのですか?」
必ずしも私への意趣返しのみではなく、イサークの人となりを理解してもらおうと思っての行動でもあったらしい。
しかし私の答えは決まっている。
「もちろん、何も変わりませんわ。二人とも、どうぞ末長い付き合いをよろしくお願いします」
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