第51話 発明家
王都でも中々人通りの少ない、ひっそりとした路地をしばらく進んだ先に、その店はあった。
看板が出ている。
金属製の小さな板に《イサーク魔導具店》と書いてあった。
意外だ。
私の知っているイサーク・レプトの家は、王都でも大通り沿いに存在する大店で、注文が絶えない繁盛してる店だった。
それなのに、この様子はまるで正反対だ。
まぁ、例の魔導具を巡る争いの中で頭角を表す前は本当に小さな店をどこかでやっていたとは聞いたが、場所までは分からなかった。
この辺りの区画があの時残っていれば調べられたのだろうが、いずれ大規模な区画整理が行われてなくなってしまうところだ。
今回も同様になるとは言い切れないが、この周囲の寂れ具合からして同じような流れになる可能性は高い。
店に入ると、
「……いらっしゃい」
と、愛想のない店員の声が響いた。
見れば一人、死んだ目をした少年がいるのが分かる。
彼こそが今の返事をした店員だろう。
しかし、私の後ろから現れた人物を目にすると、その瞳に生気が宿る。
厳密に言えば、生気というより、驚きと焦りの方だろうか。
「ア、アーロン様……! 本日は、親方に御用ですか!? す、すぐに呼んできます!」
そう言って急いで店の奥に引っ込んでいく。
アーロンはその様子を見て、私に苦笑しつつ、
「あの少年はイサークの弟子なんですが、どうもここでの生活に嫌気がさしているらしくて、大概の客にあんな感じなんです」
「アーロン様には非常に遜っているようでしたが?」
「僕の商会から何か大きな仕事が入ってくるかも、と期待しているのでしょう。そうすれば、イサークと一緒に自分も日の目を見る場所に引き上げられるかもしれないから」
「実際に大きな仕事を依頼しているのでは?」
「彼にはそんな話は出来ませんからね。今のところ、ただの友人、知り合い、たまに一緒に飲みにいく、そんな間柄だということにしていますよ」
「……確かにあの様子では、話した途端に言いふらしてしまいそうですわね」
「ええ、全くその通りです。ですから、貴女様もどうぞご注意を。例の話については、ここを出た後、僕の行きつけの店の個室で行いますので」
「承知いたしましたわ……ただ」
「……?」
「とりあえず待っている間、この店に並ぶ商品を見るのは構いませんかしら?」
「あぁ、それはもちろん問題ないでしょうね。そもそも、ここは魔導具店なんですから」
「では、お言葉に甘えまして」
それから、私は店の中にある商品を見るだけ見まくった。
こんなひっそりと路地裏で細々やっているような店の品を見て何になるのか、と多くの人間は思うかもしれない。
しかし私は知っているのだ。
イサークが、将来的に画期的な技術をいくつも発明し、形にしていくことを。
そしてそれらが爆発的に売れることも。
それらはウェンズ商会の販売網で世界中に広がり、彼の店を国家をまたがる巨大商会にまでのし上げさせるのだが……。
まぁ、今の様子だと誰もそこまでとは思うまい。
もちろん、アーロンはイサークの才能とその手によって作られるものの価値をしっかりと理解しているのだろうが。
「どうです? 貴女様の目から見て、イサークの作る魔導具は」
「どれも素晴らしい出来ですわ。たとえば、この家庭用の冷却魔導具ですが、これほどまで小さくすることは今の技術だと極めて難しいはず。詳しくは分解してみないとわかりませんが、従来の冷却系魔法陣にかなり手を入れた上で、配管にも工夫をしているはず……。またこちらの《光灯》については照明部分がかなり小さく、一見するとさしたる光量を取れなさそうに見えますが、この形はそうではなく、従来の《光灯》と同程度の用途を想定していることが察せられます。だとすれば、どのような光媒を使っているのかが気になるところですが……光竜の鱗かしら? いえ、でもあれだと流石にコストが……」
「……公爵夫人。分かった、分かりましたから、どうか今のところはこの辺で」
「でも、もう少し……まだ時間はありますでしょう?」
だったら他のも調べたい。
いくつか頭に浮かぶ仕組みや機構も未来の技術を知っている私にはあるが、この様子だと結局打ち捨てられてしまう結果になったようなものもありそうに思えるからだ。
やはり、ただ知っているだけ、の私と実際にこういったものをいくつも発明してきた本物の技術者というのは根っこから違うのだ、と感動していた。
けれど、アーロンのほうに振り返った私の目に映ったのは、アーロンだけではなく、先ほどの少年と、それから三十代半ばと思しき筋肉質の男性だった。
初めて会う、ように一瞬思えたが、すぐに面影があることを理解する。
そして、実際にその感覚が正しいことを、アーロンが次の台詞で証明してくれた。
「時間切れですよ、夫人。イサークが来ましたから」
その当のイサークは、私を見てからアーロンの方に呆れた顔を向けて、
「アーロンよ。このご婦人は一体何者だ? 俺が苦心して考えた魔導具の中身を、外から見ただけでほぼ当ててやがる……」
「僕も驚いているよ。この人には君に次ぐ破天荒さを感じていたのは事実だが……ここまでとは。君とはかなり話が合いそうじゃないか」
「確かにそうだが……ってだから誰だってんだ」
「この人は、ファーレンス公爵夫人のエレイン・ファーレンス様だよ。つい先日、うちの店にやってきてね。君を紹介しろと来た」
「俺を……? 一体なんだってそんな偉いお人が俺なんかを。別に会いたいってんなら店に来れば良かったじゃねぇか」
「まぁ、それだけならその通りなんだけど、彼女がするつもりだった話はそれだけじゃなかったからね」
そう言ってから、店員の少年の方に顔を向けたので、イサークが、
「おう、ゲイズ。どうもこいつが内緒話をしたいらしい。お前は奥に行ってろ」
「はい、親方!」
そう言ってゲイズは店の奥に引っ込んでいった。
「……で?」
続きを促すイサーク。
アーロンはそんなイサークの耳元に口を寄せ、
「……この人、僕らが開発しようとしていたものを、もうとっくに形にしてしまっていたんだ」
イサークの瞳が大きく開かれた。
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