第50話 出迎え
ウェンズ商会での一仕事を終えて、王都にあるファーレンス館に戻ると、意外な出迎えにあった。
「エレイン! やっと戻ってきたんだね!」
そう言って手を開いて私を抱きしめたのは、私の夫であるクレマンだった。
そしてその横にはジークハルトを抱いた侍女のアマリアもいる。
「貴方……それにアマリアも。どうして? 公爵領の方にいたんじゃ……」
今回、王都には私だけで来たのだ。
クレマンには領主としての仕事が多くあるし、ジークについてもまだ領地にいた方が良いのではないかと思って。
それに馬車の負担もある。
一歳児に馬車の旅は厳しいだろうと……。
けれどアマリアの腕の中のジークを見るに、非常に元気そうだ。
特段疲れている様子はない……。
不思議に思っていると、クレマンが私から手を離して言った。
「仕事の方は一段落ついたんだよ……っと、別にオルトやワルターに全てを放り出してきたわけじゃないからね? 実は、陛下からお呼びがかかってね。どうしても来ざるを得なかったんだ。折良く、君が開発していた魔導具の一つ……馬車に乗る小さな子供のための衝撃緩和装置も取り付けられたところだったから、ジークも一緒に来ることにしてさ」
「そうだったの……」
魔導具については作ってはみたものの、今までの馬車に積むには少し場所をとるものになってしまっていたため、馬車職人に任せていたものだ。
それがあれば、馬車内部にほとんど衝撃が伝わることなく、快適に過ごすことが出来る。
基本的にはこれから私にはあと三人子供ができる予定なので、必ず必要になると思って作ったわけだが、こんなに早く納入してくれるとは思ってなかった。
こうしてしばらく会えないと思っていたジークと会えたことは嬉しく、それについては素直に喜んでおく。
「ジーク……私が分かるかしら。しばらく離れてしまっていたけど」
アマリアからジークを受け取り、顔を軽く撫でると、
「……あー。まーま! まーま!」
と、私の方に手を伸ばす。
どうやらわかってくれているらしい。
アマリアが言う。
「奥様がいなくて、探すような素振りをされることも増えてきまして……。やはり、お母様がいない、というのは寂しいようですわ」
領地にいるときは可能な限り一緒にいたし、世話もしてきた。
だから私をちゃんと母親だと認識してくれているようだ。
ただ、貴婦人の常として、全てを私だけで賄うというわけにはいかない。
貴婦人というのは、全く世話もせずに、会いに行くことすら滅多になく、ほとんど使用人任せ、という者の方が多いのだ。
けれど私は……。
前の時はそれと同じような母親だったが、今回はそういうことはしたくない。
確かに家族に対する愛情はあったけれど、どこかそれがそれぞれ歪んでしまっていて、その原因がそもそもの関わりの不足だったように思うからだ。
ここのところ、やるべきことが多くなってきていて、ジークに構う時間がかなり目減りしてしまっているが、そろそろ落ち着けて領地に引っ込むべき時かもしれない。
それか、このまま王都でしばらくジークを育てるか……。
魔導具のことを考えるとその方がいいだろうか。
悩ましいところだ。
「ジークには寂しい思いはあまりさせたくないのだけど、片付けないと不味いことも結構あるのよね。ジークにも勿論、アマリアを始め、ジークの世話をしてくれてる皆にも申し訳ないのだけど……」
「いえ、分かっております。ジークハルト様も……お母様が何か大切なことをされていることは理解されているのでしょう。寂しそうではありますが、他の同じくらいの子供と比べてほとんど手がかからない方です」
「こんな歳から気を遣うようなことはしなくてもいいのだけどね……」
「いえ……」
それから、先ほどのクレマンの台詞をふと思い出し、尋ねる。
「そういえば貴方。陛下から呼ばれたって……?」
「あぁ、そうだね」
「大丈夫なの?」
陛下に対してはさほど悪い印象はない。
前の時も含めて、である。
ただ、私が国家転覆という大犯罪を掲げた手前、負い目のようなものを感じなくはなかった。
図太く生きて死んだ私だが、それくらいの感情はある。
そんなこととは露とも知らないクレマンは、軽く頷き、
「問題ないさ。多分、理由もなんとなく分かっているからね」
「それって何かしら?」
「ファーレンス公爵領の隣に自由都市連合があるだろう? どうも、そこで魔物の出現が増えているようでね。自由都市連合は自治都市として、王国から領主を挟まない自治権を都市自体に与えられているし、騎士団や魔術師団に該当するような自前の軍隊も持っているんだけど……」
「手が足りないの?」
「有り体に言えばそういうことだね。ただ、自由都市連合は結構な金額を毎年王国に収めているから、それは自分たちの責任だけで頑張ってくれ、とも言い難い。だから、ちょうど隣に領地のある僕にある程度の援助をするように言われるんじゃないか、というところかな」
「援助というと、戦力?」
「資金は足りているだろうからね。ただ戦力はこういうときは傭兵で増やすしかないが、今はレダート聖国で大量に募集しているから……」
「魔国との戦争が起こる、というあの預言に従ってということかしら」
「そういうことさ。レダートの聖女は君の母方の叔母だから、そういう事情もよく知っていることだろうけど……実際、どう思う? そんなものが起こるのかな?」
「分からないわ。でも、聖国がそれを信じているのは間違いない。あの国の人たちは……皆、どこかおかしいから」
私の性質も、そこから来ているとこがあるような気がしている。
前の時も、あれほどのことをして国家転覆まで望んだのは、最終的には聖国の……まぁ、それはいいか。
ともあれ、現実的に言って、傭兵が足りない以上は、自由都市連合に公爵家から多少の戦力を援助として出す必要があるだろう。
それによって何らかの恩賞も陛下は出してくださるだろうし、騎士たちは魔物相手に実戦訓練も出来る。
悪い話ではない。
あとは……そうだ。
「貴方、その戦力派遣のとき、騎士たちに魔導具を持たせてもいいかしら?」
「魔導具って、あぁ……例の魔術盾のかい? もちろん、構わないけれど、技術情報が自由都市連合に漏れる可能性があるよ?」
「それについては騎士たちにしっかり言い聞かせるわ。それに加えて……鍵でもつけておくことにする」
「魔導具に鍵……? また何か妙なこと考えていそうで怖いけど、まぁ、騎士たちの損耗が減る可能性が上がるなら、いいかな」
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