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悪役一家の奥方、死に戻りして心を入れ替える。  作者: 丘/丘野 優
第1章 悪役夫人の死に戻り
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第5話 魔術の技能

「……炎精よ、我に従い、僅かなる火を灯せ。《小火(パルウム・イグニス)》!」


 屋敷の中庭で私がそう唱えると、掲げた手の先に小さな火がぽっと灯った。

 炎属性魔術のうちで最も効果が低いものの一つ、小火である。

 効果としては指先などに小さな火を灯すだけの魔術であり、多少でも魔力がある者なら大抵が扱えるものだ。

 用途は焚火などの火種になる。

 あまりよくない使い方だと、放火する時の火種にするというのもある。

 どこかの燃えさしなどを使う場合と比べて証拠がまず残らないため重宝するのだ。

 なんでこんなことを知っているか、と言えば常識的なことであるというのもあるが、私が前の時にそれなりに実際に使ったからだ。

 悪事を行うためには基本的に証拠など残らない方がいい。

 そのために魔術は非常に有用で、その使い方については極めたと言っていいくらいに研究しきった。

 もちろん、今回はそんな使い方はしないつもりだ……なるべく。

 必要な時には躊躇うつもりはない。


「……相変わらず見事ね。流石は魔法学院三席卒業だわ。魔力に揺らぎがないし、ロスもほとんど見られない」


 少し離れた位置で私が魔術を使う様子を見つつそう評したのは、私の侍女であり、幼なじみであるアマリアだ。

 ここには今、彼女しかいない。

 他の侍女や侍従には来ないように言いつけてある。


 もちろん、一般的な貴族家の夫人がそんなことを言ったらかなり怪しまれるだろう。

 普通の公爵夫人というのはどこにいるとしても、数人の侍女や侍従を連れ回して歩くのが普通だからだ。

 けれど私の場合、元々かなり我儘な人間だったことが作用して、いつものことか、という感じで受け入れられた。

 今日この時点の私は確かに悪事には手を出していないものの、それなりの我儘さ、傍若無人さというのは発揮していたのだ。

 今にして振り返ると、というか使用人たちの反応を目の当たりにすると恥ずかしいが、今のところは都合がいいのでこのままにしておくことにしている。

 いずれ誤解は解くが、それは今ではない。

 まぁ、放置してもらえるのは私の我儘さだけが原因ではなく、アマリアという優秀な侍女がついてくれているからだが。


 エストラの地から私に付いてきた彼女は、このファーレンス公爵家においては新参者と言える立場だが、その使用人としての技能の高さは元々ファーレンス公爵家に勤める者たちからも高く評価されている。

 ファーレンス公爵家と言ったら、この国イストワード王国でも屋台骨を支える高位貴族であるから、そこで働く使用人たちも一流の技能者である。

 にもかかわらず、そんな彼らからも評価されているのだ。

 我が幼馴染みながら、誇らしい気分になる。

 前の時は当たり前のように受け入れ、気にも止めなかった。

 私の侍女なのだから当然だろうと。

 しかしそれは違う。

 彼女は私がここで生活しやすいように、そして幼なじみとして、最大限の努力をしてくれていたのだ。 

 そのことにこうしてやり直してみて思い至った。

 頭が下がる思いだ。


 そして実際、曇りの無くなった目で見てみれば、アマリアは極めて有能だった。

 侍女として当然に要求される技能のみならず、魔術師としてもかなり高い実力を持っている。

 先ほど、私の魔術を見て発したセリフがそれを物語っているだろう。

 低位魔術とはいえぱっと見で魔力の揺らぎやロスの多寡について判断できるというのは、それだけでかなりのものなのだ。


 ただ、そんな彼女でもわからないこともある。

 私は手元に灯った灯りに干渉し、魔力を増やしていく。

 加えて、無詠唱で風魔術も発動させた。


「……? 一体なにを……」


 アマリアが、私がなにをしようとしているのかが分からなかったようで興味深そうに首を傾げる。

 すると、徐々に私の指先に灯っていたゆらゆらとした心許ない灯火が、少しずつピンと立って、鋭い槍の穂先のような形になり、また橙色だった火の色が徐々に白く染まっていく。


「……《白炎》……? まさか。あれは《白炎の魔術師》のあの方しか……!?」


 アマリアがそう言ったと同時に、魔力を注ぐのをやめると、ふっと炎は消えたのだった。

 私がアマリアに微笑んで見せると、アマリアは、


「……エレイン。今のは……?」


 と尋ねてきたので、私は、


「今は秘密。だから人には言わないでね」


 と言った。

 アマリアはしばらく呆然とした表情をしていたが、最後にはこんな風になった私がまず口を割らないと言うことを思い出したのか、呆れたように笑って、


「……分かったわよ。でも、いずれ説明してくれるんでしょうね?」


「それはもちろん」


「なら、いいわ」


 そんな風に納得してくれたのだった。


 ◆◆◆◆◆


 人生のやり直しを許されてから、ここ数ヶ月の間、色々と試してきて分かったのは私の実力は前の時に死んだあの瞬間のままである部分と、そうでない部分があるということだった。

 前とは異なる部分は、この肉体そのものに起因するところだ。

 つまりは、筋力とか魔力量とか、魔術回路とか……この肉体そのものについては、二十歳の時の性能に戻ってしまっている、ということだった。

 これについてはいい部分と悪い部分がある。

 いい部分は、最もわかりやすいところで言うと女の夢、若返りというやつだ。

 私は高位の魔術師で老化もかなり遅かったから、五十になっても三十代前半程度の容姿だったが、それでも肉体の衰えは感じていた。

 けれど、今の体は二十歳そのもの。

 女としての全盛期のそれである。

 五十から二十まで戻った、というこの事実をもし他の貴婦人方が知ればどのような方法で以てそれを可能にしたのか、ありとあらゆる手段を使って調べようとするだろうというくらいのことだろう。

 

 ただ、私にとって女性的魅力が二十歳に戻ったことそれ自体は、少しの喜びはあったとは言え、そこまで重要なことではなかった。

 それよりも、筋力や神経が二十歳のそれに戻ったことの方がありがたかった。

 前の時の私は、ほとんど完全な魔術師に能力の大半を傾けていた。

 それは、私が誰かと戦う、ということがほとんどない公爵夫人としての立場であったからだ。

 けれど……未来のことを考えると、私には戦闘技能がいる。

 魔術師としてのそれだけでなく、武術家としてのそれもだ。

 というのも、魔術師としての技能だけ育てていっても、リリーはそれを易々と超えていくことが目に見えているからだ。

 彼女と相対して死なないようにするためには、魔術師以外の部分の強化が高い効果を発揮するはず。

 だからこそ、その意味で二十歳の肉体というのは望ましいものなのだった。


 そして、前の時とは変わらない部分についてであるが……それは、魔術の技能だ。

 魔力量は確かに大幅に減っているし、鍛え上げられた魔術回路も無くなってしまってはいる。

 ただ、身に付けた技能そのものについては些かの衰えも感じられない。

 それは、先ほどの小火の魔術でも理解できた。

 本来あの魔術には《白炎》を作り上げられるだけのスペックはない。

 しかし前の時の私はそれを可能にできるだけの技術を持っていた。

 それをああして実現できたのだから、私の考えは間違っていないはずだ。

 ちなみに《白炎》とは、この国において《白炎の魔術師》と呼ばれる高位魔術師のみが可能とする強力な炎魔術、その真髄である。

 将来においては私やリリーはそれを使えるようになっていたわけだが……。

 今の時点ですでに使えるというのは大きなアドバンテージだ。

 ただ、《白炎》を発生させられる、というだけではあまり意味がないので、使いこなせるようにならなければならないが……。


 魔術を使いこなす。

 そのためには、実戦を重ねていく必要があった。

 公爵夫人が、実戦を経験するなど、どうしたものか悩ましいところだが……。


 しかしこの懸念は比較的早く解決できることになる。

読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] そもそもリリーに殺される様な事をしないのが目標だがそれはそれで戦う事を想定してるのは慎重なんだか武闘派なんだか
[一言] 疑問。なんで国家転覆を諦めないの?そうすれば死ぬ事ないのに。読み進めたらわかるのかな。
[一言] > だからこそ、その意味で二十歳の肉体というのは望ましいものなのだった。 リリーと敵対するようなことになるほど月日がたったなら既にいい歳だと思うんだけど、肉体的な修行をするなら若い方が無茶…
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