第49話 話し合いの終わり
「……それが本当なのでしたら、わざわざこんなところにいらっしゃらずとも、《魔塔》と貴女様だけで製作、量産を行えば良いのでは……?」
内心、かなり驚愕しただろうし、私にはわかる程度に顔に出てはいたが、すぐに我に返ってそう言い返してくるのはやはり将来大商会の主人となる人物であるだけのことはある。
言っていることも尤もではある。
ただし、それは私自身の特殊事情が介在しない場合だ。
さらにいうなら、誰と敵対しても構わない、叩き潰すから、という前の時の私のような、攻撃的な性質が備わっている場合に限る。
今回の私は、そんなことはしないのだ。
利益よりも大事なものがあるから。
それは平穏と、私の家族と、私自身の命である。
それらを守るためならば、目先の利益など捨てても全く構わない。
だからこそ、《魔塔》もウェンズ商会も引き込む。
しかし、そのような話をしたところで納得させられる訳ではないから、表向きの理由をアーロンに言うことにする。
「アーロン様。確かにそれはその通りかもしれません。これを私と《魔塔》だけで生産し、莫大な利益を確保する。やろうと思えばできるでしょう。アーロン様たちが作ろうとしているものより、安価にすれば市場を独占することも容易です」
「でしたら……」
「ですが、私はそれはあまり良くない手だと思うのです。もしもそうした場合、貴方方は私たちに対抗すべく、様々な手を打ちますでしょう?」
「それは……そうかもしれませんね。しかしそれこそ、打ち払えば良いだけでは?」
「それがどこまで続くか……それに、そういった争いのコストは後々振り返ってみればかなり高くつくものです。それを考えるなら、初めから有力な敵になり得そうな相手には声をかけて、利益を分配してしまった方が良いのではないかしら。そうすれば、そもそも戦う必要はないのですし、それに加えて他の者が入り込もうとしても協力して追い払える」
「……それだけですか?」
十分理由になるとは思うのだが、アーロンはそれでは納得しないらしい。
だから、私は彼が納得しそうなことを……つまりは、多少の弱みも語る。
少しばかり表情を、負けた、というものに変え、私は言う。
「……流石に、これだけでは納得しませんか」
「それはそうです。そのくらいの戦いを……貴女のような人が避けるとは、もう僕には思えない。全てを薙ぎ払ってなお、まだ戦いに飢えているような、そんな人に見えます。そんな貴女が私たちに協力を求めなければならない理由は……多分、まだある」
「……ふう。そうですわね。負けましたわ」
「……! では……」
「ええ。私は、貴方方、ウェンズ商会の協力が欲しい。特に……イサーク殿の協力が」
「彼の技術力を……?」
「それに加えて、ウェンズ商会の本業、材料の調達能力もですわ」
「ふむ……」
「実のところ、今回持ってきたこれはほとんど完成しているのですが、問題点もない訳ではないのです」
「とおっしゃいますと……?」
「従来のものと比べればかなり安価になったのは事実です。およそ五分の一程度にはなった、せいぜいそのくらいですわ」
「五分の一……! 十分ではないですか! 現状、概ね金貨四百から五百枚は必要な品ですよ。それを……」
「いえ、ですがそれでもまだ、金貨百枚弱するのです。その価格では、魔物と相対するような兵士たち全員が購入することは出来ません」
「それは……しかし指揮官クラスでしたらほぼ全員が購入するのでは? それだけでもかなり違うと……」
「私はそれだけでは満足できないのです。魔術を使うような強力な魔物と相対して死んでいく兵士は、毎年かなりの数に上ります。それを可能な限りゼロに近づけたい。せめて、前線の兵が全員持てるくらいにはしたいと思っているのです」
「なるほど……そのためには、まず材料のコストを下げる必要があると。イサークについては、そのコスト面での新しい発想を求めて、ということですか」
「そういうことになりますわ。それに、騎士たちが購入する際の窓口となっていただきたいというのもあります。国軍や領軍と直接取引して数をある程度揃えさせることは出来ますが、基本的に騎士たちの武具というのは自前で賄っているものでしょう? 彼らが必要だと考えた時、支給されないから手に入れようがない、という状態にはしたくありません」
「そこまで考えておられるのですか……確かに、そういうことならば貴女様と《魔塔》だけでは手に余るでしょうね。特に《魔塔》は大貴族などとは直接取引することはあっても、末端の兵士たちに対して売買するようなノウハウはないでしょう。その点、我々ならば補える、と」
「ご理解いただけたようで、ありがたいですわ。それで……いかがでしょう? どうかご協力願えませんでしょうか……?」
「そう、ですね……」
そういって、アーロンはしばらく考える。
私の提案を受けた場合と、受けなかった場合。
どちらの方にどれだけの利益があるのかを素早く計算しているのだろう。
私の方としてはここまで話してダメだったら次の手を考えなければならない、と思っていた。
別にウェンズ商会の協力を得られないなら得られないで、やりようはいくらでもあるのだ。
ただしその場合、色々なことが面倒くさくなるだろう。
そしてリリーの足音が大きくなってくる。
それは非常に困る。
だから祈るような気持ちで待っていた。
その時間は意外なほど短く、ついにアーロンが私の目をまっすぐ見て、口を開く。
「分かりました。前向きに考える、ということでいかがでしょうか?」
「この場で即答はしかねると?」
「ええ。正直、僕としては《魔塔》に対していい印象を持っていません。ここで話した貴女については信用できそうだ、とは思っているのですが……まだ少し材料が足りない、というところです」
「そうですか……その材料は、どうすれば揃いますか?」
「僕たちに、しばらく“考える“時間をいただけるか、もしくは……《塔主》様と会談の機会でも設けていただけるか、といったところでしょうね」
この場合の考える、とは調べるから待ってろ、ということだろう。
そして後者は冗談で言ったのだと分かる。
何せ、《魔塔》の主である《塔主》は本来、大貴族であっても中々会うことができないような人物だ。
商会の会頭とはいえ、今のウェンズ商会程度の規模の商会の主に会うことはまずあり得ないと言って良い。
だが、私はその点についてもしっかり用意がある。
「わかりました」
「そうですか。では今日のところはお帰りに……」
「《塔主》カンデラリオ様にご連絡しておきますので、会談の日はいつが良いか、ご希望をいただければと」
「……え?」
アーロンの目が点になった。
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