第48話 提示
アーロンが取り乱したのは意外だった。
前の時、私が彼に出会った頃にはいかなる事態にも取り乱すことなく、冷静に対応する胆力が備わっていたが……今はまだ若い、ということだろうか。
それに加えて、おそらくこの情報は本当にまだ誰にも言っていなかった、のかも知れない。
そんな状況で唐突に訪ねてきた私のような人間に知られていたら……まぁ、取り乱すのも無理はない。
ただ、なぜ知っているのか、についてはやっぱり私には言いようがない。
言う必要もない。
言わない方が、有利に話を進められるだろうから。
喧嘩するつもりはないので加減には注意しなければならないけれど。
とりあえず、と思って私はアーロンに言う。
「理由なんて、どうでもいいのでは? それよりも話の内容は気にならないのですか?」
至極冷静な声でそう言われて、アーロンも今の自分の態度を客観的に見れたらしい。
ふう、と一息吐いて、
「……失礼。取り乱しました。いくら何でも、心臓に悪すぎましてね……もちろん、話の内容も気になります。が、情報源がもっと気になりますが……」
「私の情報源についてお知りになりたいのでしたら、アーロン様の率いる組織についても詳しく聞かなければなりませんわ」
「……何の話でしょうか?」
「商売人たるもの、いかなる情報にも価値を見つけ、収集する……それはとても大事な姿勢で、どんな商人でも多かれ少なかれやっていることでしょう。けれど、あくまでもそれは商売の範疇で、ですわ。それ以上に行っている者は私が知っている限りでもそこまで多くありません。この国でも片手で数えられるほど。しかもその大半は、王家や高位貴族御用達の大商人たちです。しかし、今、ここに足を踏み入れ、狩場としようとする組織が一つあると言います。《梟》と言うのですけれど……」
「……!?」
明らかにアーロンの顔色が変わる。
私のことを何か、人でないものを見るような目つきになる。
その気持ちは理解できる。
そう簡単に入手できるような情報ではないのはもちろん、この時期には存在すらはっきりしていなかった組織だ。
それは裏の世界でも。
名前を聞くようになったのはずっと先……だけれど、活動はこの時期にはすでにしていたところまで私は掴んでいた。
細かい活動内容についてまではどうにもならなかったわけだが、しかしこれだけでも十分にアーロンに対する武器にはなる。
アーロンの表情を見ればそれがはっきりと分かる。
まぁ、常人が見ればアーロンの表情は先ほどまでと変わらないまま、笑顔を貼り付けたまま、に見えるだろう。
しかし私にはよく分かった。
彼は動揺し、私に怯えていることが。
このままやろうと思えば彼を屈服させることすら不可能ではない。
けれど、私にはそのつもりはないのだ……。
だから、私は言った。
「……まぁ、軽い噂話のようなものです。実際にそんなものがいるのかどうかは……分かりませんわね?」
「そうでしょうね……」
アーロンもこれで本当に私が噂話程度に捉えている、とは思っていないだろう。
ただ、殊更に言い触らすつもりはない、という意図は伝わったようだ。
少しだけ調子を取り戻して、アーロンは言う。
「その《梟》について、僕が何かを語れば、貴女も情報源について語る、と?」
「貴方様に語る気があるのであれば、その語られた情報に見合った内容をお話しすることはあるでしょうね」
「情報に見合った内容、ですか……。《梟》について貴女がどれだけ知っているか分からない僕にとっては……何を話すかの選択だけで、難しいものです」
「そうなのですか? でしたら、お話しするのはやめておけばいいのです。藪を突くのは感心致しません」
「そのようですね……そちらについては、諦めて、イサークについての貴女の話、というものを主題にした方が良さそうだ」
「では、そう致しましょう……もちろん、この時点でアーロン様なら推測がついていることと思いますが、私がお話ししたいのは、イサーク氏の研究している魔導具について、ですわ」
「やはりそこまで掴んでおられますか……聞きましたよ。先日、《魔塔》に出向かれた、と。それも関係しますでしょう? あの魔境で、何を話されたのですか?」
「私は、あそこで魔術盾の魔導具について、お話ししました。あれは現在、《魔塔》がほぼ独占している品ですが、それはあまり望ましくないのではないか、とね」
「ほう……それで?」
「ですので、私と協力しないか、というお話をしたのです」
「……? 少し話が飛んだような。何の協力、ですか?」
「新しい、魔術盾の魔導具の発明、生産の協力を、ですわ。アーロン様。貴方様が、イサーク氏と共に考えていることと同じように」
「……! 何のことだか」
「あぁ、いけませんわ、アーロン様。私は申し上げましたわね? 私の敵になる、という判断は、貴方を困らせるだけだと」
「失礼ながら、今、まさに敵になろうとしているのは貴女では?」
「なぜ?」
「……いいでしょう。言いましょう。新しい魔術盾の魔導具、それを貴女は作ろうとしているようだが、それは僕らが先んじて手をつけているもの。それを貴女は……僕らを煽るように《魔塔》と協力し、潰そうとしている。そのようにしか感じられないからだ」
「潰そうと? もう少し詳しく説明を願えますか」
「貴女と《魔塔》は、新しい魔導具を作られると困るのだろう。安く、効果の高い魔導具、それが作られる可能性があるという情報をどこかで得て……こうやって圧力をかけることでやめさせようとしている。そうとしか考えられない」
「なるほど……そう捉えるのですね。理解はできなくはないですが……しかし、アーロン様。先ほどから少しばかり、可能性を一つ、あえてないものとしているような気がしますわ」
「……? どう言う意味ですか?」
「先ほどから、貴方様は、もし安価で効果の高い魔導具を作られたら困るから、開発自体をやめさせようとしている。そんな話をしておられたように思います」
「まさしくそうですが……」
「しかし、このような場合どう考えるのですか?」
そう言って、私は掌大のメダルをテーブルに置いた。
「これは……?」
「安価で、効果の高い魔術盾の魔導具、その完成品ですわね」
アーロンの口があんぐりと開いた。
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