第47話 腹の探り合い
ウェンズ商会会頭、アーロン・ウェンズ。
中規模とはいえ、これだけの商会のトップを務めるにしてはかなり若い。
確か、私の十歳と少しほど上だった記憶があるから、今の年齢は三十代半ばだろう。
その年齢にしては幼く柔和な顔立ちをした美男子であり、さらりとした茶色の髪と、同色の瞳が私に会えた喜びを湛えているように見える。
仕草は洗練されていて嫌味がなく、受けてきた教育の高さを伝えてくるが……アーロンの生まれは平民であり、そのあたりのちぐはぐさに少しばかりの違和感がないではない。
ただ、それは私が彼の情報をある程度知っていて、将来の手強さまで理解しているからこその疑念であって、初対面の人間はほぼ全員が彼に対して好印象を抱くことだろう。
「ようこそいらっしゃいました、ファーレンス公爵夫人。そしてはじめまして。僕はこのウェンズ商会の会頭、アーロン・ウェンズと申します。どうぞお見知り置きを……」
「ええ、存じておりますわ、アーロンさま。エレイン・ファーレンスです。どうぞよろしくお願い致します」
「存じて、ですか……」
私の言葉に一瞬視線を鋭くするも、アーロンはすぐに、
「おっと、立ったままでもなんです。どうぞソファの方に。すぐにお茶も持って来させますので。さぁ」
と席を勧めてきたので、
「ではお言葉に甘えて、失礼いたします」
と座る。
対面にはもちろん、アーロンが座った。
彼は私をまっすぐに、興味を持っていることを隠さずに視線を向けてくる。
これは通常だと多少、失礼に当たる行動なのだが、アーロンはそれを分かってあえてやっているのだろう。
そして私もそれに乗る。
「……私に興味がおありですか?」
「むしろ、なぜないと思われるのですか? 僕は貴女をとても評価しているんですよ……まさか、何もなしに、僕と、セリーヌ様の関係に気づかれるとは思ってもみなかったものですから。参考までに、どうしてそのことをお気づきに? 誰に聞いたのですか?」
穏やかな仮面をずっと被り続けるものかと思っていたのだが、意外にもさっさと脱ぐことにしたらしい。
いや、私が見抜いている、と察したのだろう。
正確には見抜いたわけではなく、ただ知っているだけなのだが、アーロンからすれば同じことだ。
そしてそれにすぐ気付ける辺り、並の者ではない。
とはいえ、私がなぜアーロンとセリーヌの関係に気づけたのかは話すわけにはいかない。
というか、話したところでセリーヌ以外の人間が容易に理解することとも思えない。
だから、私は少しばかり彼にとっては卑怯な言い訳を口にする。
「それについては、セリーヌからも口止めされていますので、どうぞご容赦を。どうしてもお知りになりたいのでしたら、セリーヌに直接尋ねていただければ。彼女は知っておりますので」
セリーヌにはしっかりとこの辺りについて聞かれた場合、私がこういう言い訳をする、ということも伝えてあるので嘘は言っていない。
そしてセリーヌは私の秘密を言うことはないだろう。
私との友情のゆえに。
信じすぎだろうか?
しかし死の間際まで私を友と呼んでくれた彼女に報いるには、私もそれだけの信頼をすべきだと思っている。
だからいいのだ。
もしかしたら、彼女はいつか、私を裏切るかもしれない。
でもその可能性は、理解した上で諦めることにした。
私の信じる、というのはそう言うことだ。
アーロンは私の言葉に眉根を寄せて、
「……それはまた、卑怯なお言葉ですね。そう言われれば、僕としてはこれ以上踏み込み難い。僕とセリーヌ様の関係をどの程度ご存知なのですか?」
「詳しくは何も知りません。ですけど、そうですね……何があっても、貴方とこの商会がセリーヌに味方をする、ということは理解しておりますわ。ですから、私は貴方と無意味に敵対するつもりもないということはまず申し上げておきたいところです」
「敵対、ですか……? そのような可能性が?」
いきなりすぎて、流石のアーロンも首を傾げた。
これについては、私の失言だった。
前の時に敵対していたから、言葉選びがどうも攻撃的になってしまう。
もう少し柔らかい表現に修正しよう……。
「……失礼しました。言い方が過激過ぎたかもしれませんわ。そうですね……商売敵にはなるつもりはない、と。こういう言い方ではいかがかしら?」
「なるほど……ということは、本日ここに来られた目的は、僕らの権益を侵すようなご相談ということでしょうか。しかし、あまりにも問題のあるお話でしたら、いかに貴女様がセリーヌ様と仲の良いご友人であったとしても、貴女のおっしゃる《敵》となることもございます……ご理解いただけますね?」
すぐに私の意図を察知し、少しばかりの威圧感を与えてくる辺り、やはり侮れない男だと思った。
見た目にはどう見てもいいところのおぼっちゃま、という感じなのに、その身に宿っているのは《塔主》カンデラリオなどが持つような、修羅場を潜り抜けてきた者たち特有の迫力である。
やはり、十年で自らの商会をこれだけの規模にした男だけはあるだろう。
流石に戦闘能力については気にする必要はないだろうが、力というのは腕っ節だけではない。
経済力がある、というのは時としてそれに勝る。
喧嘩の腕前など、金で雇えばいいからだ。
現実には、金で雇えないような使い手というのも多くいるから、必ずしもどちらが上ということもないだろうが。
少なくとも今すぐに殺しにかかれるから、といって侮る事はできない。
と、そこまで考えて思考がいかにして命を奪うのかに向いているなと思って振り払う。
前の時の感覚が抜けない。
ウェンズ商会は頭の痛い相手だったから、殺せるチャンスがあるなら殺したいとかなり考えていたから……。
今回はそんなことはしないのだ。
セリーヌの大事な相手であるのだし、余計に。
そこまで考えて、私は言う。
「もちろんですわ、アーロン様。ですけど、もしも私の敵になるという選択をされた場合、お困りになるのはアーロン様、貴方の方である、ということだけは言っておきますわ」
私の若干喧嘩を売っているような言い方に、アーロンはにやりと、その顔に似合わない品のない、しかし獰猛な笑みを浮かべて言ってくる。
「ほう、なるほどなるほど。ファーレンス公爵夫人はかなりのんびりとした方でいらっしゃる、とお聞きしていたのですが……少し噂とは異なっているようですね」
のんびりと、というのはつまり頭の働きが鈍い、という言葉の婉曲的な表現であり、悪口だ。
そして、私はあの出産より前は、ほとんど気力もなく、我儘に振る舞っていたので、その噂は実際のところ正しい。
ただ訂正する必要もないだろう。
それよりも、私を舐めているうちに、衝撃を与えた方がいいだろう。
そう思った私は、アーロンに言う。
「その噂の真偽はともかく、本題に入らせていただいてよろしくて? イサーク・レプト氏についてのお話なのですけれど」
「なぜその名を知っているっ!?」
アーロンが驚いたようにそう声を荒らげた。
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