第43話 魔術師カンデラリオ・ペレス
「……まぁ、そういうことなら暇な時にでも相手してくれよ。あんたと俺が戦えば、下の奴らにもいい刺激になるだろ」
トビアスが穏やかな表情でそう言ったことに、儂、カンデラリオ・ペレスは少し驚く。
あの貴婦人……エレイン・ファーレンスと戦い、完全な敗北を喫したことが原因だとはわかってるが、こうまで憑物が落ちたかのようにスッキリするとは思ってもみなかった。
つい先日までのトビアスは、もっとぎらついていて、今にも儂の地位を奪い取ろうと画策しているような、強い上昇欲に支配されているようなところがあったからだ。
だが、実際にはそうでもなかったのかもしれない。
彼なりに色々と考えた上で、儂が上にいるべきではないと……自分ならもっと《魔塔》の状況を変えられると、そう思っていて、それがあのような発露の仕方をしただけなのかもしれない。
「下の奴ら、か。お主はかなり血の気の多い若い者たちに慕われておるが、大丈夫だと思うか? 儂がお主をボコボコにしても」
冗談めかして言ってみたが必ずしも冗談だけというわけでもない質問だった。
これからいずれ《魔塔》の主を狙っていくだろうトビアスが、現《塔主》とはいえ、こんな老人に敗北したのでは、今得ているであろう信頼もなくなるのではないか。
そう思っての質問だった。
それが分からないわけでもないだろうに、トビアスは気にした様子もなく答える。
「それで見捨てられるようなら、俺もそれまでの器だったってことだろ。諦めて一魔術師として、ここでやっていくさ……まぁ、そうはならねぇだろうがな」
「ほほ。儂に勝つつもりか? 千年早いぞ」
「……本当に千年生きそうだから怖ぇんだが」
「まぁ、もしかしたら行けるかも知れんの。儂もエレイン殿にあって色々刺激を受けた。まだまだ魔術を研鑽していきたいという欲望も出てきたし、不老とまでは言わんが、長命を実現できる方法でも考えてみるつもりじゃ」
「千年生きる方法をか? 外法に頼るなら不可能じゃねぇかもしれねぇが、人のままじゃ三百年程度が限界だと言われているからな。面白いとは思うが、簡単じゃなさそうだぜ」
「今までなかったものを作り出す。それが儂ら魔術師の本来の欲求ではなかったか。それを思い出したんじゃよ」
「見習い魔術師みたいなことを言いやがる。だが、確かにそうだな……しかしそれだけに俺には疑問だ」
「ん? なにがじゃ」
「ジジイ。あんたが肩入れする奴らだよ」
何の話か、と思ったがその言葉で理解する。
「あぁ、クラリスのような者たちじゃな?」
「そうだ。あいつらは確かに《魔塔》の魔術師だよ。それは俺も否定はしねぇ。他の奴らが害しようとしたら守る。だがな……あんたはあいつらに妙に肩入れしすぎてんだ。知ってるのか? それこそ若い奴らはストレスがたまってるんだよ」
トビアスの台詞に、なるほどと思う。
というか、そもそも分かってはいた話だ。
そして分かっていて、儂は放置してきた。
この辺りのところで、トビアスは儂に対する不信を抱いてきたのだろう。
だが、説明したところで今はまだ理解させることはできないと思っていた。
あの子たちについて、その価値を理解できるのは儂だけじゃと。
そう思ってきたからだ。
たとえトビアスが才能溢れる魔術師だとしても、見て分からぬのでは話にならない、と。
しかしそれはトビアスという人間に対する侮りであり、またそもそも人間が見て分かるものには限界があることを、儂はエレイン殿に会って知ったのだ。
幸いなことに、儂は今まで、自分を超える、と確実に言えるような相手に出会ったことがなかったのだと。
そしてあまりにも高すぎる頂は、見ようとしても見えないのだと知った。
トビアスと儂の関係がそれに当てはまる、とまでは言えない。
せいぜい、儂は小さな丘の主であり、トビアスはそれを少し低いところから見上げているだけ。
トビアスがこれから努力していけば、儂よりもいつか高い丘を作ることだろう。
だからこそ、儂はクラリスたちについても、トビアスに話そうと思った。
エレイン殿が、山の頂上にたどり着いている彼女が、裾野で彷徨っている程度の儂にそうしてくれたように。
「……そうか。それは今まで済まなかったのう、トビアス」
まずは素直に頭を下げるところから。
そう思っての行動だったが、トビアスは慌てて、
「な、何だよ、ジジイ。頭なんて下げるな! あんたはこの《魔塔》の《塔主》なんだぞ? 下っ端幹部にすぎない俺に、そんなことする必要はねぇ!」
「いや。儂は今まで、お主の言うような問題に気付いていて放置していたからのう。トビアス、お主はクラリスたちに割と辛く当たっていたが……」
「それについては謝らねぇぞ」
「分かっておる。お主も好きでやっていたわけではなかろうて。そうしなければ若い者たちの暴発を防げないと考えてのことじゃろ?」
「……本当に分かってたのか」
「そりゃあの。魔術師というのは、プライドの高い生き物じゃ。特に《魔塔》などというところに来る輩はそんな者ばかりじゃからな。一見、さしたる才能もないクラリスたちが、《塔主》である儂に目をかけられている、しかも自分たちを差し置いて、などという状況にあれば……まぁ、嫉妬くらいはするじゃろう。そしていつかそれが爆発する日も来るかもしれんと」
「そこまで理解していて、なぜクラリスたちに甘くする? 別に《魔塔》から追い出せってんじゃねぇ。力に沿った扱いを《魔塔》の魔術師たち全員にするべきだってだけだ。そうだろう?」
「あぁ、そうすべきじゃろうな」
「じゃあ……」
「じゃが、お主も、そしてお主を慕う若い者たちも、色々と勘違いしておるのじゃ」
「あ?」
「お主は《魔塔》の魔術師は総じてプライドが高いと言ったな。それは自らの求める魔の真奥に対しての真摯な追求があるからじゃ。そしてそれは……儂とて変わらん。いや、この《魔塔》の中で、その気持ちが最も強いのは儂じゃと思っておる」
「なにを、言って……」
「クラリスたちはな、実験台よ」
「……っ?」
「あやつらには才能がある。特別な、特別な才能が……儂はそれを理解していただけじゃ。そしてそれを使えるようにする……そのために研究をしておった。モルモットは丁寧に扱うじゃろう? 場合によっては多少の愛着も湧く。しかしモルモットはモルモットであることは変わらぬよ。それだけの話じゃ」
息を飲んだトビアス。
彼には、今、儂が狂気的な魔術師に見えているだろう。
そのように振る舞ったからなおのこと。
ただ、あくまでも……。
「なんての。冗談が過ぎたか」
ふっと緊張を解くと、無意識に止めていたのだろう息を、深く吸ったトビアスが冷や汗を流しながら、
「……ジジイ。心臓に悪いぜ」
「そうかの? まぁ、たまには《塔主》らしいところも見せんとな」
「しかし冗談って、どこまで?」
「流石にただの実験台だ、とまでは見ておらんということじゃな。クラリスたちに才能があるのは事実じゃ。しかし、今の魔術理論ではそれを証明するのが難しい。それをどうにかする方法を研究しているのも本当じゃ」
「ふむ……」
「まぁ、それが肩入れしているように見えるのは確かじゃと思う。じゃから、若い者たちにはさっきの冗談の方をちょうどいい感じで伝えとけばよかろう。そうすれば反感も収まるじゃろうて。それでも特別扱いされたい、というのなら実験台として使ってやるから来いとも伝えれば良い。儂はモルモットには優しいぞともな」
「……いや、誰も来ねぇだろ。それじゃ」
「ならそれでいいじゃろ」
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