第38話 自己紹介
声が聞こえてきた方向……つまりは、上空を見るとそこにはいかにも魔術師然とした格好の老人が浮かんでいた。
真っ白な髪に顎髭、目の色すら見えないほどに伸びた眉。
体を隠す長くゆったりとしたローブに、とんがり帽子。
子供に魔術師の絵を書かせたら、おそらくこんな風になるだろう、というような見た目だった。
まぁ、ローブは魔術を織り込んだ糸を使って編めばその辺の金属製の鎧を遥かに凌ぐ性能を出せるし、魔術から身を守ることもできるように作れるため、魔術師としては普通だろう。
トビアスや、他の《魔塔》の魔術師も身につけているのはローブだ。
中には鎧なども着込んでいる者もいるが……魔術師には体力がない者も多い。
ローブだけの方が主流だろう。
戦闘系魔術師というのは意外に少なく、どちらかというと学者系の方が多い。
わざわざ体力をつけようとしない、というわけだ。
そういう意味では、トビアスは珍しい方ではある。
そして、上空に浮かんでいるあの老人も。
前の時も会った事はなかったが、その身に宿す魔力の練り、隠蔽の技量から、トビアスを優に凌ぐ力を持っていることは自明だ。
そしてそんな人物がこの《魔塔》にいるとしたらただ一人。
《塔主》カンデラリオ・ペレスしかいない。
「ジ、ジジイ!? いつの間に来たんだよ……!」
トビアスが慌てたようにそう言ったのは、彼とカンデラリオの力関係を示しているのか。
前の時の記憶によればかなり強く敵対していたはずなのだが、どちらかというと厳しい祖父に会った時の孫のような反応である。
仲も悪そうではない。
カンデラリオは上空からゆっくりと降りてきて、私とトビアスの間に立ち、ゆっくりと言った。
「……二人とも。これ以上の争いは無用じゃ。どうか、受け入れてくれるな?」
威厳と迫力に満ちたその台詞に、私は頷こうとしたが、それよりも先にトビアスが叫ぶように言った。
「馬鹿なこと言うな! やめられるわけがねぇだろ!? こいつは……この女は《魔塔》の魔術師を殺したんだ! 俺たちの仲間を! 見ろ!」
カンデラリオに倒れている魔術師たちを指差すトビアス。
それに対してカンデラリオはふい、と視線を向け、それからため息を吐いてトビアスに言った。
「……トビアス。まぁお主の言うことも分からんではない……が、血の上った頭を落ち着けてから、よく、あやつらを観察してみよ」
「あぁ!? とうとうジジイ、ボケて……ん? まさか……!?」
文句を言いつつも素直に従うあたり、トビアスもトビアスなりにカンデラリオを慕っているらしい。
どうしてこの二人が最終的に仲違いしたのか、不思議でたまらないが……まぁ、人と人の関係など、そうそう分からないか。
そもそも、何年も先の話だし、それだけ時間があれば仲良かった人間がとてつもなく険悪になることも普通にありうる。
前の時の私とセリーヌのように。
今回はそうならないようにするつもりだし、ついでにトビアスとカンデラリオも仲のいいままでいればいいと思った。
そして、トビアスはカンデラリオの言葉通りにしてある事実に気づいたらしい。
それについてカンデラリオが口にする。
「そうじゃ、トビアス。あやつらは別に死んではおらん。死んでいる、と断定したくなるくらいに魔力の放出が全くないようじゃが……生命活動は完全には止まっておらん。仮死状態に近いのう。あれなら、魔力を注ぎ賦活すればすぐに蘇生するじゃろう」
「だ、だが……たまたまだろう!? それに放っておけば死ぬような状態にしたんだ! それを考えれば……」
「そういう解釈も可能じゃろうが、わしはそうは見ておらん。そもそも、お主とその方の戦いはわしもしばらく見物させてもらった。それで思ったことがあるのじゃ」
「ジジイ……だったら手を貸してくれりゃあよかっただろうが!」
「まずは観察から始めることが戦いの基本じゃろ。わしは戦うつもりはないがの」
実際、上空に彼の気配があることに私は気づいていた。
特段気にしなかったのは、おそらく審判のような役割を担っているのだろう、と思ったからだ。
そして事実、こうして勝負が決まった頃にやってきたのだ。
私の感覚は間違いではなかったはずだ。
「……で、なんだよ。ジジイは……どう思ってるんだ!?」
「この方は、手加減されたのじゃ。魔術師たちを殺さず無力化し、お主についても殺さぬように、優しく戦っておられた。その気になればおそらく即座に全員が死んでおったじゃろう」
「な……!? そんなわけねぇだろ!? 俺は全力だったんだぞ!」
「まぁ、さすがにスライムを相手にするように、と言うほどではないじゃろうが、騎士が従騎士と戦うように、と言う程度の手加減じゃったじゃろうな……いかがか?」
水を向けられたので、私は答える。
「私はあくまで今は魔術師だから、トビアスの高速機動には少し対応に困ったわ。でも、殺さないようにはしていた。あの魔術師たちも、仮死状態……と言うと少し違うのだけど、魔力の生産がしばらく出来ないように《魔臓》の神経に魔術矢を突き刺させてもらったわ。もう戦闘は終わり、と言うのならすぐに消すけど……それで目覚めるから」
「ほれ、トビアス。わしの言った通りじゃろ? ではご夫人、お願いできますかな?」
「ええ」
言われて維持していた魔術師たちの体内に突き刺さっている魔術矢を消滅させると、少し顔色が悪いながらも、魔術師たちの意識が戻って呻くように立ち上がり始めた。
それを見たトビアスは唖然とした顔をしていて、カンデラリオが少し苦笑して言う。
「分かったじゃろ、トビアス。この方の実力が」
「ジジイ……この女は……何者なんだ?」
「確実とは言えんが、数日以内に訪問する予定だった方が一人おられるじゃろうが。その方は貴婦人であり、同時に魔術師でもあると伝えておったはずじゃが」
「……まさか、あんた、ファーレンス公爵夫人、か……!?」
怖いものを見るような目で私を見つめ、そう尋ねてきたトビアスに、私は頷いて、貴婦人らしいカーテシーを披露しつつ言った。
「初めまして、トビアスさま、それにカンデラリオさま。ファーレンス公爵夫人、エレイン・ファーレンスと申します。この度は、急な訪問のお願いを聞き入れてくださり、誠、感謝に堪えません。どうぞ、お見知り置きを……」
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