第36話 続・力を示せ
門を破壊したは良かったが、赤熱する岩石によって粉々にした結果として、当然、門を構成していた石材もまた真っ赤に赤熱していた。
地面に生える下草が石材に触れることで煙を上げて焦げていき、周囲をもくもくとした煙で覆っている。
《魔塔》全体に延焼することは今のところなさそうだが、このまま放っておけばそうなる可能性もないではないだろう。
敷地全体に対して、炎熱系の魔術に対する防護もそれなりにかかってはいるだろうが、絶対に燃えないというわけではない。
流石にこれは鎮火させていかなければいかにカンデラリオが人格者だとしてもブチ切れる可能性はある。
それで話し合いがうまくいかなかったら困るのは私だ。
そしてそのままリリーに殺される未来が駆け足でやってきたらと思うと、恐ろしくてたまらない。
多少はっちゃけてしまった私だったが、ことここに至って頭が多少冷えたので、ついでに周囲も冷やしていくかと氷雪系魔術を放つ。
どの程度冷やすかも一応問題だが、完全に鎮火させ、熾火も残さないようにするには凍らせるくらいの勢いの方がいいだろう、と考えてかなり魔力を使った。
急ぎなので詠唱もまぁ、破棄だ。
無詠唱魔術が使える、という部分は、普段指摘されると面倒だからと可能な限り詠唱はこなすようにしているが、絶対に誰にも知られてはいけないというほどでもない。
今の時代だとて、使える者はそれなりにいるはずだし、問題はないだろう。
そして、周囲の鎮火が終わったところで先に進もうとした私の目に、数人の魔術師の姿が入った。
煙で視認できないにしても人が集まっているな、とは感じていたがその目的が見えなかったのでとりあえず鎮火を優先したのだが……煙が晴れた状態で見ると、どうも全員臨戦態勢、という感じだ。
杖を構え、体内で魔力を練っているのを感じる。
流石は《魔塔》所属の魔術師といったところだろうか。
全員が一流の使い手であるのは間違い無いだろう。
その中の最前列に、三十代半ばくらいか、と思しき精悍な男がいた。
おそらく、この中では最も実力が高い。
魔力の練りもよく、また持っている魔力量もかなり多いことが分かる。
それに……覚悟の決まった者の目をしている。
顔立ちからプライドも出世欲も高そうに感じるが、同時に上に立つ人間としての責任感もあるようだ。
他の者を庇うような立ち位置がそれを物語っている。
背後には少女を庇ってもいるようだし。
実に意外だった。
なぜなら、私はあの顔を知っている。
トビアス・アンゾルゲ。
私が前の時、今からおよそ二十年後ほどに利権を争った男の面影がある。
ただし、私の記憶とは異なって、欲や憎しみの塗り込められたような、いわゆる《悪い》顔をしていなかった。
やはり、人も二十年もあれば大きく変わってしまうということだろうか。
これから彼にも何かが起こって……それで。
カンデラリオを殺さなければならないような決意を固めるに至ってしまう、と。
そういうことだろうか。
彼がカンデラリオを殺すことになるにはまだ時間があるが……一体何が彼にそういう決意を固めさせたのか、気になった。
まぁ、後で本人に聞くなり、ワルター辺りに調べさせるなりしてみようか。
それより、今の状況だ。
トビアスを含めた数人の魔術師たちの臨戦態勢。
私はもしかしたら彼らは正門を突破した私を歓迎するために来たのかな、と思っていたがどうにもそういう意味での歓迎をするつもりはなさそうだ、というのを感じる。
となると……これもまた、力を示せ、ということなのかもしれない。
正門を破壊するくらいのことは、魔力を練りに練りきって一撃の威力を高めればある程度以上の魔力を持っている者であればできない話ではない。
だからそれに加えて、対人戦闘能力も見せろ、と。
そんな感じだろうか。
それとも、ただ警戒しているだけか……?
どっちなのか確定しかねたところで、
「……水の槍!」
魔術師たちの一人、最も端にいた男が私に向かって魔術を放ってきた。
私はそれを魔術盾を形成して弾く。
そして、思った。
ーーやっぱり、実力を見せろ、ということね。
その瞬間から、私は魔力を練り、そして魔術盾を数枚展開する。
いずれにも魔力に反応して魔術を自動的に弾くように術式を与え、さらに自らの体に身体強化を施した。
その上で走り出し、足を止めることなく複数の属性で矢系の魔術を作り、その全てを同時に、魔術師それぞれに放つ。
「……っ!?」
私の行動に目を瞠った魔術師たちだが、やはり彼らは《魔塔》の中でも戦闘系に特化した実力者たちなのだろう。
即座に魔術盾を形成し、私の魔術矢を受け止めようとした。
この時代であれば間違いなく正しい戦い方だ。
お手本のように。
けれど、私にとっては幾度となく戦ったことのある戦法である。
当然、抜く方法があった。
「……破魔衝」
私が掲げた掌から、不可視の魔力波が放出される。
これは、彼ら魔術師たちには見えていないだろう。
見ることが絶対にできない、というわけでは無い。
魔力感知能力を持つ魔術師であれば、注意すればその奇妙な魔力の動きに気づくはずだ。
ただし、初見でこれを見抜ける者は滅多にいない。
私もかつてこれを初めて受けた時、呆然として倒れることしかできなかった……。
リリーが得意とした、対魔術師戦におけるほとんど反則に近い魔術だ。
そして、私の放った魔力波が魔術師たちのところに到達すると、その瞬間、
ーーバリィン!
という音とともに、彼らの形作っていた魔術盾が粉々に破裂する。
「なっ!?」「馬鹿な!」
唖然とした声で叫ぶ彼ら。
しかし中でもトビアスは即座に次の魔術盾を作り上げた。
やはり腕がいい。
ただ、他の者についてはもう間に合わないだろう。
「お前ら! 早く魔術盾を……」
「ぐあぁぁ!!」
「あがっ……!」
トビアスが注意の声を上げたときには、私の魔術矢が彼らに突きささり、倒してしまっていた。
「くそっ……!」
憎々しげな表情で私を見たので、トビアスは私の方に突っ込んでくるか、と思ったのだが、彼は後ろに庇っていた少女に目配せをした。
少女はそれで察したらしく、すぐに走り出す。
誰かに知らせに行くのだろう。
私はその背中を撃ち抜くことも出来たが、見送った。
トビアスがそんな私の行動を意外そうな表情で見つつ、にやりと笑って言う。
「見逃してくれてありがとう、とでも言えばいいか?」
「あの子は戦闘員じゃないでしょ? 別に戦う必要はないわ」
そうだ。
あくまでも私は私の力を示すために戦っているのだから。
おそらく、彼女はたまたまここにいただけのイレギュラーだろう。
そう思ったから見逃した。
そんな私にトビアスは、
「なるほど、生粋の戦闘狂ってわけだな? そのくせ貴婦人みたいな格好しやがって、イカれてやがるぜ……だが、俺はお前みたいな奴が嫌いじゃない。だからよ、このトビアス・アンゾルゲが本気で相手をしてやる……!」
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