表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/160

第35話 魔術師クラリス・ルグラン

 ーードガァァァァァン!


 という爆音が鳴り響いたのは、太陽も中天に達しようかと言う昼頃のことだった。

 私、《魔塔》所属の下位魔術師であるクラリス・ルグランはその音のあまりの大きさと振動でびくり、と肩を竦ませ、食べていた昼食をとり落としてしまったほどだ。

 周囲にいる《魔塔》所属の魔術師たちも同様の反応をしていて、


「なに!? 何が起こったの!?」「分からん、誰か高位魔術師様が実験でもされたのか? しかし今日はそんな規模のものの申請は……」「いや、あれは正門の方からだった! 誰か、確認に行ってくれ! 俺は各所に連絡を……」


 そんな叫び声が随所から響いてきたので、私も魔塔所属魔術師として仕事をしなければならないと、弾かれたように正門の方へと走った。

 この場で最も仕事がないのは私であるし……そもそも、私は気になってもいた。

 正門で一体何が起こっているのか。

 魔術師として、さして適性のある属性もなく能力が低い私は、それでも拾ってくれた《魔塔》の主のために少しでも役に立ちたいという気持ちもあった。

 塔主様も、その配下の魔術師たちも、大して力のない私に対しても優しいが、高位魔術師であるトビアス様やその周囲の人々は私に対して厳しく、役立たずだと言う目で見て憚らない。

 塔主様たちはそんな時、私を守ってくださるが、私などのために塔主様たちがトビアス様なんかにやり込められるのは自分がいじめられるよりも辛いことだった。

 かと言って、私が役に立てることなどこの《魔塔》内ではほとんどなく、せいぜいが雑用くらい。

 それも、塔主様たちは皆、卓越した魔術師なのでそれくらいは自分の魔術で簡単にこなしてしまう。

 だからせめてこういう時くらい、役に立ちたかった……。


 そんな気持ちで正門に向かって走っていた私だったが、まさかこの日の出会いが今後の人生の全てを大きく変えるとは、全く想像もしていなかったのは言うまでもない。


 ◆◆◆◆◆


「……これは、どう言うこと……?」


 正門のあった場所にたどり着くと、そこにはそんなものはなかった。

 そう、正門の、あった(・・・)場所、なのだ。

 代わりに存在していたのは完全に破壊された頑丈な石壁だったであろう物体であり、しかも普通に壊れているのではなく、粉々に破壊されている上に強力な炎熱で溶かされたのであろうとわかるように赤熱した色を未だに保ち、地面を焦がして煙を上げていた。

 この場にいるのは私だけではなく、他にも数人の魔術師がいて、私が会いたくないと思っていたトビアス様もいた。

 しかし彼はいつもの人を見下すような冷めた目ではなく、珍しいことに驚愕の表情をしていて、口を唖然と開いていており、今なら私の言葉にも反応してくれるのではないかと思って尋ねて見た。


「トビアス様。一体ここで何が……?」


「ん? あぁ、クラリスか……中途半端なお前がここにいても……っと、今はそんなことを言っている場合ではないな。質問の答えだが、俺にも分からん。分かるのは、正門が正攻法以外で破壊された、と言うことだけだ……クラリス、お前も《魔塔》の魔術師の端くれなら、その意味が理解できるだろう?」


「正門が破壊……つまりは、お客様が?」


「こんな俺でもしないような乱暴極まりない訪問の仕方をする者を《客》と呼んでいいのかどうかは疑問だが……《魔塔》の伝統に従うのなら、そうだと言う他あるまいな。《塔主》に会いたいと言うのなら案内するしかないが……ただ攻めに来たという可能性もある。とりあえずクラリス、お前は俺の後ろにいろ。いくらお前でも《魔塔》の人間をみすみすこんなわけの分からない奴に殺されるわけにはいかん……」


「トビアス様……!」


「他の奴らで戦える者は俺の横に並べ! 即座に魔術盾を展開できるよう構えろ! ……まずい、来るぞ!」


 こうやって指示をしているトビアス様は、普段の彼とは異なって意外にも格好良く見えた。

 実際、有能な魔術師であるのは間違いないし、《魔塔》の成員について、私のような者であっても大事に思っていることは間違いないのだ。

 私は彼に言われた通り、彼の後ろに隠れつつ、赤熱する石壁の破片、そこから吹き上がる煙が晴れるのを待った。

 すると、煙の向こうから、とさり、とさりと軽い足音が聞こえてくる。

 一歩その音が進むたび、なぜか周囲の温度が下がっていく。

 

「何……?」


 首を傾げながらも見ていると、足元にあった赤熱した石壁の破片が、じゅうぅぅぅ!という音を立てながらその温度を急激に下げているところが見えた。

 そして最後には完全に凍り付いてしまう。

 明らかに魔術によって引き起こされた現象だが、恐ろしいのはどう見ても詠唱などなかった、というところと、石壁を破壊したであろう魔術と反対属性の魔術を使いこなしているというところだ。

 通常、属性魔術というのは反対属性を使いこなすのは針の穴を通すよりも難しいと言われる。

 それなのに、あれだけの破壊力を持った魔術が引き起こした現象を、無詠唱魔術で完全に鎮火させるというのは……。

 並の使い手ではない。

 もしかしたら炎熱系を使える者と、氷雪系を使える者の二人がいる、という可能性もあるが、足音の数はどう聞いても一つだ。

 それに……。


「……クラリス。魔力に違いはあるか?」


 トビアス様が杖を前方に構えつつ、私に尋ねてくる。

 彼は三十代半ばながらも、この《魔塔》でも幹部クラスであるために私の力を知っているからこその質問だった。

 私は彼に答える。


「ありません……石壁を破壊した魔術と、たった今の氷の魔術、使用者は……同一人物です」


「やはりか……化物というのはカンデラリオの爺さんくらいかと思っていたが、いるところにはいるもんだな。クラリス。俺はここで命を捨てる覚悟を決めた。だが、この《究魔の塔》の歴史を今日閉じるわけにもいかん。もしも俺がやられそうだったら……お前は即座に爺さんのところへ走れ。あの爺さんなら、反対属性を軽々使いこなす魔術師の相手も出来るかも知れん」


「しかし、トビアス様はそれでいいのですか……!?」


「へっ。いつかあの爺さんから地位を奪ってやろうと思ってたが、その目標の小ささを俺は今知ったよ。最後には頼っちまうんだからな。いいから、言った通りにしろよ、クラリス。不本意ながら、俺がお前を守ってやる」


「トビアス様……!」


 そして、その《化物》は姿を現す。

読んでいただきありがとうございます。


もし少しでも面白い、面白くなりそうと思われましたら、下の方にスクロールして☆を押していただけるとありがたいです。

どうぞよろしくお願いします。

ブクマ・感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が知らないうちに、主人公の行動で歴史が変わった! 胸熱です!
[一言] トビアスさんはいい奴とかわるい奴とか以前に塔に対する帰属意識が超高いんだな。だから塔の法に忠実。 (帰属)意識高い系(灬ºωº灬)
[一言] やはり力こそパワーなのですね 悪役の性根を自動的に叩き直すほどに!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ