第34話 魔塔訪問
《魔塔》、と言うが実際に《魔塔》の持っている施設というのはいわゆる塔だけに限らない。
むしろ、その敷地は魔術学院などに近い感じがある。
一定の敷地に様々な建物が建ち並び、魔術師たちが歩き回っている情景を想像して貰えばわかりやすいだろう……。
ただ、中心にはやはり《魔塔》が屹立していて、歴史的にはこれをもって《魔塔》と言ってきた。狭義の意味の《魔塔》がこれである。
この《魔塔》の支配者は《塔主》と呼ばれる国内最高峰の魔術師であり、宮廷魔術師長や魔術研究所所長、魔術学院長などと並んで、この国の魔術師が就ける最も高い地位の一つだ。
他の三つよりもずっと、自らのための魔術の探究を目的とする面が強く、かなり利己的な人物が主であることが多いのが特徴だ。
ただ、今のこの時期なら……《塔主》はカンデラリオ・ペレスであったはず。
かの老人は《塔主》にしては珍しく良識派で、話が通じると評判だった記憶がある。
実のところ、前の時、私はこの人物に出会っていない。
なぜなら、カンデラリオは次の代の《塔主》を務めることになる人物に暗殺されてしまったからだ。
私が主に争っていたのはこちらの方を中心とする勢力であって、カンデラリオではない。
具体的にどういう状況で暗殺されたかについて、《魔塔》は外部に公表することはなかった。
というか、そもそも暗殺したということすら認めなかった。
カンデラリオは病死したのだ、というのが公式な記録になる。
しかし、当時、ファーレンス公爵家の諜報網はしっかりと《魔塔》内部にも広がっていた。
そのためカンデラリオは間違いなく暗殺されたのであるということ、そしてその状況の詳細についても情報を手に入れることができた。
カンデラリオの後を継いだ人物、その者の名をトビアス・アンゾルゲ、と言う。
この者がカンデラリオが何かの実験を行なっている影響で魔力が減少している時を狙い、多くの手下を引き連れて襲撃し、殺したと言うことだった。
その場にはカンデラリオの手の者もそれなりにいたというが、戦闘よりも研究者寄りの者ばかりで、逆の構成をしていたトビアスに対抗しきれなかったのではないか、という話だ。
私から言わせればスマートさに欠けるやり方だが、確実性という意味では結構な手腕だと思った。
カンデラリオの周囲はともかく、カンデラリオ本人は若い頃から強力な戦闘系魔術師として知られた人物であり、通常であればトビアス程度が対抗できる実力の者ではないのだ。
真正面から立ち向かった場合、十中八九、トビアスが敗北する。
たとえ彼が自らの手下を大量に引き連れて挑んだとしても、カンデラリオ自身の魔力が七割方残っていれば、まず間違いなくカンデラリオが勝利する。
それくらいの実力差だ。
しかし、それほどの差がありながらも、トビアスは自らの企みを成功させた。
それは彼自身の頭脳が優れていたから……と、事実を知る者の多くは評価していたが、私からするとそれは違うと思っている。
当時の私から見て、トビアスは良くて並より少し上程度の頭脳しか持ち合わせていなかった。
自分を大きく、ミステリアスに見せる能力は高かったが、実際にはさほどの計画性もなかったと私は思っている。
にもかかわらず、なぜカンデラリオが負けたかと言えば、トビアスには運と思い切りの良さ、そしてチャンスを見逃さない嗅覚があったからだ。
当時カンデラリオが行なっていた実験の詳細を私は知っているが、非常に不安定なものであり、実行した場合にカンデラリオの魔力がどうなるかを、カンデラリオ自身もはっきりとは予測できていなかった。
大まかには、良くて二割、悪くて五割程度の魔力が失われると想定していたらしいが、実際には九割方の魔力を持っていかれたようだという。
そしてその情報を得たトビアスは即座に、悩むことなく行動に移したのだ。
その思い切りが彼を後の《塔主》へと押し上げた。
それだけだと。
つまり、あの実験さえなければトビアスは《塔主》にはなれなかったし、カンデラリオがずっと君臨していただろうと私は思っているのだ。
だからこそ、この時期にこうして《魔塔》へ相談に来た。
もしもカンデラリオがすぐに失脚する、ということが想定されるなら、トビアスの方に行っただろうが、おそらくカンデラリオの失脚は私が防ぐことが出来ることだからだ。
もちろん、それ自体を取引の材料に使うことは難しいから、それ以外のことで交渉に当たるつもりだ。
馬車から降り、《魔塔》の敷地の前に立つ。
正門はパッと見ると巨大な石壁であり、とてもではないがここから中に入れるとは思えない。
ただ、これこそが《魔塔》の《魔塔》たる所以だった。
石壁の脇の方に、文字が書かれている。
《魔術師であるならば、自らの力を示せ。さすれば《究魔の塔》への門は開かれん……》
そんな言葉から始まる長い詩だ。
この場合の力とは基本的にはこの詩を読み下し、正しい手順でもって扉を開くことを指す。
だが、あくまでも一行目には自らの力を示せ、と書かれているのだ。
手順通りやれとは一言も書いていない。
もちろん、私は前の時にこれを馬鹿正直に解いて正攻法で中に入っているのだが、無駄に時間がかかった上に、別に正攻法でなくとも入れるならそれで構わないのだという話まで聞かされてイラついた記憶がある。
こっちは礼儀を守って言われた通りに動いてやったというのに、本当はやり方などどうでもいいのだと、力さえ見せればいいのだと言われれば当然だ。
ただ、向こうもそのこと自体は冗談交じりに言っていただろう。
この扉を正攻法以外で通った者というのはそれこそ百年二百年に一人くらいしかいない、と笑っていたからだ。
だが、冗談だと言われても、こっちはイラつくものはイラついたのだ。
だから……というわけでもないが、私は今回はまともにこの門を通るつもりは、ゼロだ。
純粋に、力尽くで通ってやるという覚悟を決めてここにやってきている。
トビアスなら怒るかもしれないが……カンデラリオなら笑ってくれるのではないか、という気もした。
器も試したいなと。
不遜かな、と思いつつも、私は石壁に向かって手を翳し、そして唱えた。
「我が意に従い、その力を振るえ。炎熱身に宿す岩石の一撃をもって、目の前の敵を打ち滅ぼさん……《溶岩砲》」
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