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第33話 魔塔の主

「……ファーレンス公爵夫人がここに来るじゃと?」


 イストワード王国王都エルカドラット、その郊外に存在する《魔塔》、《究魔の塔》の塔主の間において、塔主カンデラリオ・ペレスがその瞳の色さえ隠すほど豊かな眉をぴくりと動かして、目の前で小さくなっている女性魔術師に尋ねた。

 魔術師の方は《魔塔》所属でありながらも下っ端も下っ端で、本来ならば塔主などという雲の上の人物に相対できるような存在ではないのだが、届けるべき内容が緊急のもので、他の高位の魔術師たちも出払っているために仕方なく生贄がてら、他の魔術師に押し付けられる形でこうして報告していた。

 若い魔術師は言う。


「は、はい……先ほど、《鳩》にて届けられたお話で、三日後にやってこられると……」


 《鳩》、というのは実際にいる鳥ではなく、魔術によって作られた使い魔で、通常の鳩よりも素早い遠距離交信を可能とする魔術だ。

 高位の魔術師はさらに高度で高速な交信系魔術を身につけてはいるが、こういった公式の訪問依頼の場合は、《鳩》を使ったりするなどして物理的な手紙を届ける方が主流だ。

 それは、後々になって言った言わないの水掛け論になったりするなどの事態を避けるための証拠確保が目的だ。

 それに、そこまで遠距離を結ぶ交信魔術を使える魔術師というのは極めて少ない。

 実際的なコストの問題もある、というわけだ。

 

「三日後……また随分と急な話じゃの。それにしても、なぜ公爵夫人が……ファーレンスの小倅ならまだ分からぬでもないが」


「ファーレンス公爵とはお知り合いですか?」


「……先代とはな。しかし奴はすでに隠居しておる。息子にほとんど全てを譲って、自分は妻と穏やかに暮らせる小さな土地があればそれでいいと言ってな。全く、あれほどの男がこれほど早く隠居することなどなかったろうに……おっと、すまぬな。愚痴ってしまったわ」


 そう言って笑う塔主カンデラリオに、女性魔術師は今まで塔主に抱いていたイメージが変わっていくのを感じる。

 塔主といえば、どんな国においても魔術を極めた最高位の魔術師がつくもので、それがために非常に問題のある性格をしている者が多い、と言われている。

 たとえば魔術のためには何をしてもいいと思っているとか、人を人とも思わないとか、話しかけただけでぶち切れるとか、常に機嫌が悪いとか。

 およそ上司にするには最悪なことが多い、というイメージなのだ。

 しかし……実際にこうして相対してみると、カンデラリオは好々爺然としていて雰囲気も柔らかい。

 下っ端でしかない自分に対しても気を遣って話してくれているし、今まで怯えていたことを申し訳なく思った女性魔術師だった。

 

「いいえ、そんな……。ところで塔主、こちらには返信をしなければなりませんが……」


「三日後に来るんじゃろ? 返信など受け取る前に出発しておるじゃろうて」


「それは《魔塔》の主に対して、あまりにも強引では……?」


 少し憤慨した女性魔術師に手を開いて向けて、カンデラリオは言う。


「伯爵程度であれば儂にも突っぱねることができるのじゃが、ファーレンス公爵家の権勢は絶大じゃからの。これでも礼を失してはおらん。それに、事前に連絡すら寄越さない貴族の方が多いではないか。それはお主らの方が判っておるのではないか?」


「それは……」


 確かにそうだった。

 つい先日も、誰かが《魔塔》を訪ねてきたと相対してみれば、どこかの貴族の長男で、魔術の真奥を学んでやるから《魔塔》の主に会わせろなどと言ってきた。

 当然、門前払いしてやろうと意気込んでいたのだが、騒ぎを聞きつけた高位魔術師がやってきて、丁寧に部屋に通し、そして暗示をかけて追い出してしまった。

 どんな暗示をかけたのか、と聞けば、自分の領地に帰り次第、服を全て脱いで裸踊りを始めるようにしておいたと言うのだから笑ってしまった。

 貴族に洗脳系の魔術などかければ、発覚すれば相当な罰則が下されるが、この《魔塔》の高位魔術師たちはそんなヘマなどしないのだろう。

 実際、あれからしばらく経っているが特にこの《魔塔》に連絡は来ていない。

 もしかしたら判っていても、裸踊りなどさせてどういうことだとは貴族のプライドにかけていえないだけかもしれないが。


「まぁ、ともあれ手紙を寄越すだけ常識は通じる相手じゃろ。会うだけなら構わん。それで気に食わなければ叩き出せばいいだけの話じゃ」


「公爵夫人でも、ですか?」


「誰であろうと変わらぬ。仮に王族が来たとてな。我らが望むのは、魔術の真奥のみよ……。ただ、それでも儂はそれなりの人付き合いくらいはする方でな。何か面白そうな感じもある」


「面白そう……?」


「お主、聞いたことはないのか? 最近、王都でも話題になっておるいくつかの魔導具を誰が作ったのかを。高性能な食品保存庫や、低廉な遠視用魔導具などじゃが……」


「あぁ! それらの品なら、私の友人たちもよく利用しています。どうもミルクの保存に特化しているものもあるようで、子供のいる友人たちは子育てが楽になったと……」


「子育てか。なるほど……確かファーレンス公爵夫人にも一年ほど前に子供が生まれたのう。と言うことは……夫人本人が作った、と言う話もあながち間違いではないのかもしれん」


「夫人が魔導具を? しかし魔導具製作は高度な魔術的知識と技術がなければ難しく、貴婦人の手習いでできるようなことでは……」


「趣味が高じたのかもしれんし、元々目指していたのかもしれん。もしくは、実際の製作はせずにアイデアを出しておるとかも考えられる。やはり、会っておく価値はありそうじゃな。それらも本人に直接尋ねれば分かるじゃろ」


「では、歓迎する方向で処理いたします」


「あぁ、頼んだ」


 頭を下げて去っていく女性魔術師。

 カンデラリオはそれを見送った後、自慢の髭をさすりながら、


「……しかし、儂に何の用なのじゃろうな? 全く想像がつかぬ……」


 そう独りごちたのだった。

読んでいただきありがとうございます。


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どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今代の塔主様は良さげな人っぽいですねー。 全面的なバックアップは無理にしても協力関係は築けそうな…
[一言] 普通に話が通じそうな人だ
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