第32話 懸念
「……素晴らしい! これは素晴らしいですよ、奥様! これからの戦いが変わります!」
少年のように目を輝かせて、ナオス騎士団長ホルストがそう言った。
私の魔導具を試して実感したのだろう。
それがどれだけ有用で、そしてどんな場で役立つのかについて。
騎士団長という立場になってもなお、前線に自ら突っ込んでいくだけあって、戦闘勘については騎士団随一と言っていい。
そんな彼の感覚は信用できる。
ただ……。
「全騎士に持たせられるのなら、そうかもしれないわね。でもそれは今のところ非常に高価よ。加えて、耐久性もまだまだ……日に十回程度までは魔術盾を張れるだけの性能には仕上げたけれど、あくまでも目安であって攻撃の威力によって変わってくる数字だし、維持するにも魔術師がそれなりにいるわ」
これは嘘ではなかった。
ただ、本当のところ、もっとコストを下げることも可能だったし、性能もさらに上げることはできる。
魔導具につきものの魔術師による魔力充填についても、効率の良い方法を採用すれば運用効率もかなり上げられるだろう。
しかしそれをした場合に何にどのように使われるのかは言わずもがなだ。
ナオス騎士団だけが使う、というのであればクレマンの温厚さに賭けてみるのもいいかもしれないが、こういった魔導具は作れば確実に広まっていくものだ。
しばらくの間、ファーレンスだけで独占することは可能だろうが……いずれ解析されるだろうし、そうはされずとも陛下から供出を求められれば断ることは難しい。
またファーレンス公爵家の傘下にある他家などに求められた場合の対応も簡単ではないだろう。
そういう諸々を考えれば、むしろ作らない方がよかった、とまで言えるくらいの魔導具だ。
それを私はよく分かっている。
そしてそれくらいのことはクレマンも分からないではない。
それでも、プラスの面が大きいからこそ止めないで勧めてくれたのだ。
ホルストも私が何を考えて微妙な言い方になっているのかは理解したのだろう。
別の角度から言う。
「……それでも、これを多くの騎士が持てるなら、魔物討伐における損耗はかなり減らすことが出来るでしょう。特に、魔術や闘気の心得のないような従騎士程度までの者にとっては、まさに命を守る強い盾になります」
比較的強い語調でそう言ったのは、ホルストが決して自分の戦いだけについて考える戦闘狂ではなく、しっかりと自らが従える騎士たちの事も考えられる騎士団長であることを示している。
その通りだ。
彼の言うことはとても正しい。
だから、私は言う。
「ごめんなさい。私は別にホルストが考えているようなことを否定したかったわけじゃないのよ。勘違いさせたかもしれないわね」
「いえ……ですが、ご懸念はなんとなくわかります。奥様は、これが人同士の争いで活用されることを考えられたのでしょう?」
「その通りよ」
「では、お広めになるおつもりは、ない?」
「いいえ。私は、これを広める……と言うのもね、私はこれをいずれ誰かが必ず作って、広めると思っているから。今の《魔塔》の作る魔術盾はほとんど使い捨てのようなもので、満足出来ない人はたくさんいる。表には出てこないけれど、研究している人は多いはずよ。だからファーレンス家が先んじてその権利を持っておくのは、悪くないことだと思っているの」
そうだ。
前の時、この魔導具が広まったのは私が《魔塔》に喧嘩を売ったからだが、そもそも市井の魔導具職人たちの間でもかなり試行錯誤が盛んだったというのもあった。
いずれ誰かが作り、そしてそれを元に大きな力を手に入れて国を引っ掻き回すことになるのなら、その前に私がやってしまえと、そういう考えに基づいた行動でもあったのだ。
《魔塔》に先んじて、市井の魔導具職人たちを雇い入れ、彼らに魔導具工房を設立・経営させ、私自身は研究開発に力を入れて、前面には出ないようにすることで、《魔塔》の目を欺いた。
資本関係はかなり複雑に組んだから、魔術一辺倒の《魔塔》には追いきれなかったのだろう。
それに、彼らの調査が私に辿り着く手前の手前の手前の手前、くらいで止まるように様々な手も打った記憶がある。
あの頃は悪辣なことをすることにも全く躊躇はなかったから、そんなこんなで完膚なきまでの勝利を得ることができたのだ。
しかし今回はそこまでするつもりはない。
むしろ……。
「いずれは使われるものなら、先に手に入れておく、ですか。なるほど、奥様の戦いは、剣を交える前に全てを決めるものなのですね」
ホルストがそう言った。
「そもそも、戦いにならないようにしておく、が最善だと思っているわ」
「ふむ……?」
「魔術盾の魔導具、これを広める場合に最大の敵になるのは?」
「《魔塔》ですね。あそこが独占して作り、売買しているものですから。ただ、せいぜいが盗賊の射つ矢を数度弾ける程度のもの。ないよりはいいでしょうが、奥様のお作りになったものと比べれば……木の盾とミスリルの盾ほどに違う」
「褒めてくれるのは嬉しいけれど……《魔塔》は貴族向けに、それこそ鉄の盾程度のものは売っているのよね」
「金貨が積み上がる程の金額で、でしょう? それでは我々のような騎士には……」
「まぁ、そうでしょうね」
「しかし奥様のこれなら、騎士でも指揮官クラスは金貨が必要でも買うでしょう」
「そうなると、《魔塔》は困るでしょうね。喧嘩になって……血で血を洗うような状況になってもおかしくない」
ホルストはそう言われて、このナオスの地がそんな争いの場になったことを想像したようだ。
少し顔色が悪くなった。
けれど私は彼をいじめたいわけではない。
私は言う。
「……でも、私はそれを避けたいと思ってる。そのために一番いい方法は……《魔塔》と、対立しないことよ」
「それは……そうでしょうが、そんなことが可能なのですか? この魔術盾を広めるのは、明確な敵対行為に見られると思って間違いないと……」
「やりようはある。でもそのためには王都に行かないとならないのよね。クレマンにも許可を求めているところなのだけど……その時は、護衛を融通して欲しいの」
「これを広めるために、護衛が……わかりました。私どもはあくまでも公爵領の騎士です。閣下の命には逆らうわけにはいきませんが、許可が得られましたら、騎士団の精鋭を出しましょう」
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