第31話 実験
「……石の槍!」
ナオス騎士団詰所、その訓練場で騎士服を纏った私は、杖を掲げつつ呪文を唱えた。
それと同時に、私の周囲を囲むように十本の石の槍が出現し、そして射出される。
実戦目的でなく、実験目的であるために破壊力が均一になるようにかなり細かく調整しているためにゆっくりとしたものだった。
石の槍が向かっている方向に立っているのは、鎧を纏ったナオス騎士団副騎士団長ダイタス・エヴァライトだ。
武器も構えずに、ただその老齢にしては恵まれた巨体で地面を掴むような安定感で仁王立ちしている。
非常に勇ましい姿なのは間違いないが、そんな状態で私がそれなりの力で放った石の槍を受ければ、串刺しになるのは免れない。
ナオス騎士団の武具は、ファーレンス公爵家のふんだんな予算によってかなり性能の良いものが支給されてはいるし、魔術による攻撃にも十分に耐えることが出来るものだが、それでも私になら凹ます事も貫く事も可能だ。
まぁ、今はそれほどの破壊力を魔術に与えていないから死ぬと言うことはないだろうが……あたりどころが悪ければかなり危険なのは変わらない。
にも拘らず、ダイタスが仁王立ちをしている理由は、石の槍が彼の直前まで近づいたその瞬間に明らかになった。
石の槍が、ダイタスに命中する直前に何か無色透明の壁にぶつかった様に弾かれたのだ。
『……おぉっ!』
見学兼予備のためにいてもらっている十人ほどの騎士たちの歓声が上がった。
ダイタスは、すべての石の槍が完全に弾かれたことを確認してから、ふぅ、と安心したように息を吐き、それから私の方にゆっくりと歩いてきて言った。
「……奥様。少しくらい手加減をしてくださってもよろしいのに。心臓が止まりそうでしたぞ」
「ダイタス。実験体に自ら立候補したのは貴方でしょう? 私は別に試し斬り用の案山子でも構わないと言ったのに」
「ですが、奥様はそれだと正確なデータが取れないから、できれば生身の人間の方がいい、とも仰ったではないですか」
「それは確かにそうだけど。若い従騎士を何人か借りてくわとも言ったわ。それなのに副騎士団長ともあろう者が率先して出てくるから、他にもあんなに実験体希望者がついてくることになっちゃったんじゃない」
「よろしいではありませんか。その方が、奥様の魔導具の完成も早い。実際、ほぼ完成したと言っていいのではありませんか? このあいだの物は五本を受け止めるのが限界でしたが、今回のは十本もの石の槍を受け止めたわけですし」
「うーん、そうねぇ……」
そう、私が今日ここに来たのは、クレマンに相談した例の魔導具の稼働実験のためだ。
もう何度も試作を行い、ここに来て騎士たちに実験に協力してもらっている。
初め、私としては若い騎士か従騎士に頼むつもりだったのだが、聞いていたダイタスがそれなら是非に自分も、と言ってきて、副騎士団長である彼が出張るならとかなりベテランの騎士たちも立候補し出した。
最終的に収拾がつかないほどの数になってしまったため、一回の実験につき十人までを実験体及びその予備として選抜することにしたのだが……毎回希望者が多くて大変なのだ。
私に気を遣って私がここに到着するまでには選んでくれているのだが、いつも模擬戦を行なって決めているらしいからだ。
その割には従騎士などもいるので不思議に思って尋ねてみると、
「従騎士は従騎士のみで、騎士以上は経験年数で区切って模擬戦を行なっておりますから」
と言われた。
つまり従騎士からは二人、経験五年未満の騎士からも二人……と言うような形で区切って選抜していると言うわけだ。
だからここにいる顔ぶれは、それぞれの世代の腕前トップの者たち、ということになる。
公爵夫人のわがままのために領地の貴重な戦力を無為に過ごさせてしまっているような気がして、
「それにしても、毎回こんな風に手伝ってもらって、なんだか申し訳ないわね」
と言えば、
「通常の訓練や模擬戦よりもずっと全員が力を入れて戦いますし、普段の訓練に対する熱の入れようも変わったのでかなり良い影響が出ております。お気になさらずに」
と言われてしまった。
だとしたらいいのかもしれないが……。
しかし、と私は十人の予備役、その中でも最も豪華な鎧を身に纏った細身の剣士に目をやる。
「……騎士団長まで来ているのは流石に問題があるんじゃない?」
ダイタスは私のその言葉に、すい、と目を逸らした。
対して、私に視線を向けられた騎士団長は、何か勘違いしたのかこちらに走ってきて、
「奥様。私をお呼びでしたでしょうか?」
と尋ねる。
その体内魔力の偏りのゆえに、深い青に染まった長い髪をした貴公子然としたこの男こそ、ナオス騎士団の騎士団長であるホルスト・アンデであった。
元は辺境に領地を持つ男爵家の三男だったが、魔物相手に幾度も戦果を上げ、クレマンに見出されてナオス騎士団にスカウトされた。
その後、順調に位階を上げていき、最後の仕上げにナオス近郊にある都市であるベルツにおける大規模な魔物の襲撃を打ち倒して騎士団長への就任を決定的にした、まさに叩き上げの男だった。
その見た目から、街の女性たちからの人気も凄まじく、水の貴公子と呼ばれているが、戦場で彼を見た者は正反対の印象を持つだろう。
指揮官として高い能力を持ってはいるが、それはあまり生かされることなく、むしろその部分は副騎士団長ダイタスの方が代行することが多いほどだ。
ではホルストは何をしているかと言えば、最前線で戦うのだ。
いわゆる猪騎士というやつで本人も自覚しているために騎士団長への就任は辞退したのだが、経験豊富で年嵩のダイタスを副官とするという人事によって断行された。
実際、悪くない人事で、ホルストが最前線で戦い、ダイタスがその動きや指示から全体を見ているというやり方でかなり効率よく討伐などをこなしている。
どんな方法が合っているかは、一概には言えないということだろう。
そんなホルストが今回の実験に乗り気なのは、ある意味では当然と言えた。
「特にそういうわけではなかったのだけど……」
とため息を吐く私に、ホルストは言う。
「そうですか……ですが、私もあの魔導具を使って見たいのです。あれがあれば、これまで以上に前に出ることが出来ますから……!」
だからやらせたくないのだ、という私の話は聞いてくれなさそうだ。
困った表情をしているダイタスに、私は仕方なく首を振って、魔導具をホルストに渡すことを許したのだった。
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