第30話 製作の提案
ジークハルトは確かに私が産んだ四人の子供たちの中で最も弱かった。
だけどそれは攻撃能力が全くなかったという意味ではない。
確かに、属性的偏りがない者は治癒魔術に高い効果を出せる、という考えからすると、属性魔術系に長けるのはそう簡単なことではないように思える。
満遍なく使えるということは、どの属性魔術についても中途半端だということに他ならないからだ。
この辺りについての説明の苦しさもあって、なぜ属性的偏りが少ないと治癒魔術に長けるのか、ということについては長い間明確な説明が出来ずになぁなぁになっていたのだ。
ただ私はその点について前の時にある程度解き明かした。
私は末娘リリーのように、感覚的に強力な魔術を使えるようなタイプではなく、既存の魔術や理論を突き詰めて自らの血肉にするタイプで、つまりは学者・研究者的な人間だった。
自らの息子が大きな魔力を持っているのに、その力をさして活かせずに終わると考えるとかわいそうで、だからこそ執念を燃やして学び、研究した記憶がある。
もちろん、私とて自信家というわけではないので、絶対にジークに魔術を使わせてあげるのだ、などとまでは考えてなかった。
ただ、そんな研究を続けている中で、ジークについてある事件が起こった。
その時に私は疑問に思ったのだ。
ジークのような、属性的偏りが魔力にない存在というのは、果たして本当にその通りなのか、と。
もしそれが正しいのなら、そういう存在は等しく治癒魔術に長けるようにならなければおかしいが、必ずしもそうはならない、ということも実のところ分かっている。
治癒魔術を得意なのは、《水》や《光》属性を持つもの、それに加えて属性的偏りがない者……そして、それ以外の属性に偏っている者は不得意になる傾向がある、そう言われているのにも拘らず、である。
もしもそれらを整合的に考えるなら……属性的偏りがない、と判定される人間の中には、実のところ、しっかりと測定されていない属性が宿っているのではないだろうか?
私はそう思った。
そしてその思いつきを糸口に研究を重ねて……私はその考えが正しいことを、自らの息子自身によって証明してもらった。
あの事件は、それが故だったのだ、という納得も得られた。
そこからは早かった。
ジークは自らの力を徐々に強めていった。
ただ、私は自分の研究結果を世には発表しなかった。
不利になるからだ。
ジークにとっても、私にとっても。
誰も知らない、謎の力をジークが振るえた方が、誰も対処が出来ない。
実際、彼の力にはほとんどの人間が対抗出来ず、セリーヌの家であるブラストリー伯爵家の騎士や兵士たちが簡単に滅ぼされたのもそこに理由があった。
分かっていても対処は簡単ではなかっただろうが……万全を期した方がいいだろう。
ただ、最後に私が殺されてしまったように、ジークの力だとて対抗する方法はあったわけだ。
それを考えると……私が発見した原理については、今回はちゃんと発表した方がいいだろう。
その方が、多くの人間の得にもなる。
今まで見捨てられてきた才能の持ち主が、新たに見出されることにもなるはずだ。
別に博愛主義者とかになるつもりはないが……誰かが不当に虐げられている状況を、あえて放置するまでの冷酷さは今の私にはない。
ジークの力についても、前の時よりも研究することもできるだろうし……。
そこまで考えて、帰りの馬車の中、少しだけがっかりしている目の前の人物、クレマンに言う。
「あなた。ほら、顔がちょっと暗いわよ」
「え? そうだったかい? すまないね……」
「やっぱりジークに魔力がなくてショックだったの?」
「ん? うーん……もちろん、ジークに対する愛情は一片も変わっていないんだが、確かに少しね。魔力は……ないとそれを持っている貴族から体を守る手段が少ない。ジークがこれから先、少しでも危険に晒される可能性が増えると思うと……心配で」
「その気持ちは分かるわ。ええと、魔術盾系の魔導具って今、おいくらぐらいだった?」
急に角度の変わった私の質問に少し面食らいつつも、その意図は理解できたようで、
「ジークに持たせようって言うのかい? いや、値段は我が家にとっては大したものではないから問題なく購入はできるけど……強度がさほどではないからね。それに回数制限も少なくて……これからの開発に期待はされるところだけど、魔術盾系の魔導具については《魔塔》が技術情報を独占しているから、中々ね……」
「そういえば、確かにこのくらいの時期はそうだったわね……」
「え?」
私がぼそり、と呟いた台詞が聞こえなかったようで、クレマンは首を傾げた。
しかし私は首を横に振って、
「いいえ。なんでもないの。ねぇクレマン、ちょっと提案があるんだけど……」
「何かな?」
「魔術盾系の魔導具、私作ってみようと思うんだけど……もちろん、一般に売り出さなくても構わなくて、あくまでもジークのために」
「えっ? あぁそうか。君は魔導具作りが趣味だもんね。ある程度の技術はあるか。ただ、魔術盾系のはさっきも言った通り、技術情報がさっぱり得られないよ。それでもやろうと思えばある程度のものは作れそう、というのかい?」
「まぁ、絶対とは言えないけれど……」
実際は半ば絶対だ。
前の時には色々あって、大体二十年後くらいには魔術盾関係の魔導具についての《魔塔》の独占状況は崩れ、開発競争が起こっていた。
そこから五年くらいで潰し合いが収束し、均衡して各メーカーや商会によって個性はあるが性能自体はさほど変わらない魔術盾が並ぶようになった。
私もそれに参戦したのでよく覚えている。
《魔塔》のヒヒジジイたちに死ぬほどムカついたために私が仕掛けた戦争だったが、結局最後まで彼らは気づかなかったな……いい思い出だ。
今回もそれを仕掛けてやろう……などと物騒なことはまるで考えてはいない。
可能な限り配慮するつもりである。
だからまずはあくまで個人利用、というものを作ってみるところからというわけだ。
クレマンは《魔塔》とのことを考え、少し悩んだようだが、やっぱり彼は私に結局甘い。
「うーん、まぁ、何事もやってみないとなんとも言えないところだし。分かった。いいよ」
そう言ったクレマンに私は馬車の中であるにもかかわらず抱きつき、
「ありがとう! 私、ジークのために頑張ってみるわね!」
「あ、あぁ……」
「それに、貴方のためにも。貴方、確か昔から魔術盾苦手だったでしょ?」
「覚えていてくれたんだね?」
「そりゃあ、模擬戦で一番貴方の魔術盾抜いたの、私ですから」
「……妻が強くて実に嬉しいよ」
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