第29話 魔力と属性
魔力量はともかくとして、ロメインの言う体内魔力の属性的偏り、というのは、生き物が持っている魔力の性質の個人差のことだ。
その性質を学術的に分類した《属性》という概念がある。
細かい理論はあるのだが、大まかに言って、この属性的偏りがある魔術については使うのが楽であり、得意になりやすい。逆に反対の属性は不得意になるか、もしくは全く使えないということも珍しくない。
たとえば、代表的な属性として《火》があるが、この場合、火属性魔術が得意になる、というわけだ。そして、《水》系統の魔術はてんでダメで発動しない、ということになる。
しかし、この属性概念というのは後年問題が指摘される。
多くの人間がなんとなく気づいてはいたことなのだが、魔術には属性的な分類が極めてし難いような魔術が多く存在しているからだ。
たとえば、治癒魔術などが代表的だろうか。
一般的に、これは《水》もしくは《光》の属性に分類される魔術だ、と言われてきたし、実際にそれらの属性に偏った魔力を持つ者が得意であることは事実だった。
ただ、治癒魔術を使える者の中でもかなり効果が高い人物の魔力を見てみると、属性的偏りはほとんどない場合が少なくなかった。
これについて説明するとき、歴史的には、偏りがないのだからどんな魔術でも得意になるのだ、というような説明がされてきた。
それは必ずしも間違いではないのだが、事実を正確に捉えていたとは言えない。
実際に後年明らかになったのは、治癒魔術は複雑な複合魔術だった、ということだった。
主に《光》や《水》系統の力を多く使っていることは間違い無かったのだが、それ以外の属性、たとえば《火》や《風》と言った属性の力も使っていたのだ。
属性的偏りがない人物の方がうまく使えるのは道理だったわけだ。
この観点からすると、魔術的才能の有無は、その魔力の属性的偏りがあまりない方がいい、ということになる。
ただ、この時代だと……むしろ反対の価値観が支配している。
「……さて、ここでご子息の魔力検査をいたします。まずは、この水晶玉に触れてください」
聖堂の横に作られた小部屋の中に、いくつもの魔導具が置かれている。
そのいずれもが、個人の魔力的資質について調べるためのものだ。
わかりやすいのが、今ロメインが示した水晶玉。
これでもって、魔力量が分かる。
クレマンは、抱いていたジークを水晶玉の高さに合わせて置かれた椅子の上に立たせて、
「ジーク。これに触れなさい」
と言った。
まだ一歳であるから、言葉で言ったところでそうそう指示通りに動くものではないのが普通だが、その点、ジークはかなり聞き分けの良い方だ。
クレマンが手本のように水晶玉に触れるようなジェスチャーをしたので、にっこりと笑ってジークも同様にした。
そしてその指が水晶玉に触れると、水晶玉が光り輝き始める。
最初は、ぽっ、と小さな蝋燭に灯ったような光が。
そして徐々にそれが大きくなっていき、最後には部屋全体を明るく照らす大きな光になった。
それに驚いたジークが水晶玉から手を離すと、たった今まで存在していたはずの光はすっと消えていき、そして最後にはそこにただ透き通っているだけの水晶玉があった。
ロメインは言う。
「……まず、魔力の有無についてですが、ないとはどう考えても言えませんな。それどころかその魔力量は最上級クラス。魔術師として大成できるほどでしょう。正確な数値はこの水晶玉だけでは調べられませんし、ここにある器具ではこれほどまでに魔力量が多いと難しいです。正確な値をお知りになりたければ、後日、魔術師ギルドなどで調べるということもできますが……?」
ここにある魔導具は一般的なものばかりで、通常から逸脱した者を調べるのは難しいというわけだ。
そしてそうなると専門家がいる、より性能の高い器具のある場所で調べるしかないということになる。
代表的なのが魔術師ギルドで、魔術研究所や《魔塔》などもあるが……これにはクレマンが首を横に振った。
「いいえ、それには及びません。そういったところで調べますと勧誘がしつこいでしょう? これだけの魔力量ならば余計に……」
「まぁ、そうでしょうな。幸い、貴族の魔力持ち登録についてはその有無だけのみで構いませんので、そういうことでしたらうまく処理しておきますのでご安心を。では、次は魔力の属性的偏りの調査ですな。こちらの紙を両手で持ってください。そう……このように」
ロメインが魔力を遮断する手袋を身につけてから、奥の棚から一枚の細長い紙を取り出してその両端を持つようにジークに指示する。
ジークはクレマンの顔を見て首を傾げたが、クレマンが頷くと理解したのか、ロメインの持った紙を受け取った。
ロメインはジークの持った紙をしばらく凝視していたが……。
「……? ふむ。おかしいですな。反応が鈍い……不良品ですかな」
確かにそう言いたくなる程度に、紙に変化はほとんどなかった。
少しばかり色が染まっている部分はあったが、それくらいだ。
「どれ、少し貸していただけますかな」
ロメインが手袋を外して、ジークから紙を受け取ると、その瞬間、紙が様々な色に染まっていく。
白の線と水色の線がはっきりと出てきて、それ以外にはうっすらとした赤や緑色の線なども見える。
それを見てロメインは、
「……特に不良品ではなかったようですな。となると……残念ですが、ご子息には得意属性というものはなさそうです。申し訳ないのですが、この結果ですと、いくら魔力量が多くとも魔術師として大成するのは難しいかもしれず……」
非常に言いにくそうな表情と声でそう言った。
おそらく、この段階で文句を言ったり暴れ出したりする貴族というのがいるからだろう。
しかしクレマンは笑って、
「いえ、猊下が謝罪されるようなことではありませんから。それに、妻ともここに来る途中話したのですが、たとえ息子に魔力があってもなくても、私たちの子供に変わりないのだから構わないと。私も同感です。いわゆる生活魔術の類は属性魔術が使えずとも使用できるわけですし……特殊魔術の系統にも何か才能もあるかもしれません。魔力があると分かっただけで、十分ですよ」
「そう言っていただけるとありがたく……。ただ、特殊魔術の系統は解明がほとんど進んでいないものばかりです。もしもご子息に身に付けられることを検討される場合には、よくよくご注意を」
「分かっております。本日は本当にありがとうございました。猊下」
「いえいえ、こちらこそ……」
そうして、ジークの魔力検査は終わった。
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