第28話 検査
馬車が領都ナオスの街中をゆっくりと進んでいく。
道は石畳で舗装されているので比較的、乗り心地は良かった。
街の外の街道などはそれなりに整備されてはいても、魔物が跋扈しているために欠けたり壊れたりしている部分が少なくなく、相当乗り心地は悪くなる。
ただ幸いなことに、今日についてはその心配はない。
あくまでも今日の目的地は街の中にあるため、外に向かう必要はないからだ。
「……もうそろそろ着くね。覚悟はいいかな?」
クレマンが馬車の中、私にそう話しかける。
彼の視線は私……ではなく、私の膝の上で楽しそうにしているジークハルトに向かっていた。
もう一歳になるので、かなり大きくなったなという感じだが、会話はまだ出来ない。
そのため、言葉自体は私に言っている。
「覚悟なんて……別に私はジークハルトに魔力がなかったとしても、構わないわ」
そう、魔力。
今日の用事は私やクレマン自身のことではなく、ジークハルトにある。
彼に果たして魔力があるか、あるとしてその量や性質はどのようなものなのか。
それについて調べるために、領都内にある教会に向かっているのだった。
魔力を調べるための魔導具が教会にあり、一歳くらいになった時点で調べるのが一般的なのだ。
私も魔力検査器具くらいは自作できるのだが、昔からの慣例であるし、特に貴族については魔力の有無については登録されるため、自前で調べたから、で終わらせては問題がある。
ちなみに魔力の有無が登録されるのは貴族と言えども魔力持ちというのは基本的に珍しく、うっかり喧嘩しようとした相手が魔術師だったりした場合に大問題に発展してしまう可能性があるため、貴族同士では誰が魔力持ちかをある程度、周知しておく必要があるからだ。
爵位の上下で見下して手を出してはみたものの、魔術で反撃された、死んだ、となっては困るということだ。
ちなみに魔力を持っていて、しかもその力が魔術師として大成できるほどであった場合、その者は重用されやすい。
魔術師としての能力を使って成果を上げた結果、男爵から伯爵まで陞爵するような者というのも歴史を紐解けば結構いるくらいである。
だからこそ、貴族というのは自らの子供が魔力持ちであることを期待する。
クレマンの台詞はそんな事情からのものだ。
ただ、私はその辺りについては結構どうでもいいと思っている。
子供に魔力があろうとなかろうと、私の子供であることに変わりはないのだから。
そもそも……今の私はジークハルトについて調べるまでもなく魔力持ちかどうかを知っている。
そのため、何も心配する必要がないのだった。
「そうは言っても、やっぱり魔力持ちの方がジークにとってもいいじゃないか」
クレマンはそう言うが、私は、
「妬まれたりすることもあるから、ないならないでもいいと思うわ」
「そうかな……」
「そうよ」
そんな話をしているところで、
「お館さま、奥様。到着いたしました」
馬車が止まり、御者が降りて馬車の外からそう声をかけてくる。
それから扉が開いてまずクレマンが降り、まずジークハルトを受け取ってから、私にも手を貸してくれた。
御者がすることだろうと思うが、クレマンはこの役を譲りたくないらしい。
馬車は教会の前につけられたため、入口はすぐそこだった。
そしてその前にはこの教会の主である枢機卿ロメイン・フィロスが立っていた。
「……ようこそいらっしゃいました、公爵、それに奥方も」
そう言って深くあげたロメインは、長く白い髭を生やした老齢の人物で、ただその背筋はピンと伸びている。
またその瞳に宿っているのは穏やかな知性の光であり、彼の善良性を伝えていた。
実際、彼は思慮深く善良な人物であり、前のとき、道をひたすらに踏み外していた私のことを最後まで心配し、改心するように助言してくれていた。
私は全く聞かずに終わったわけだが……今回はそもそもあんな風に生きるつもりはない。
彼の言葉にもよく耳を傾けていきたいと思っている。
「あぁ、ロメイン猊下。本日はどうぞ息子をよろしくお願いします」
クレマンがそう言って頭を下げる。
私もそれに倣ってそうした。
「そちらがご子息ですな……。ではとりあえず、こちらへ」
ロメインはクレマンが抱いているジークに目を向け、それから扉の中に招いた。
歩きながら、ロメインが言う。
「……本日はご子息の魔力検査のためにいらしたということですが、注意事項をいくつか申し上げておきます」
「概ね、分かっておりますよ」
クレマンがそう言ったが、ロメインは首を横に振って、
「貴族の方々は皆、そうおっしゃるのですが、こと実際に検査すると色々と問題が発生することがございまして……どうか説明させていただけないでしょうか?」
そう言った。
この場合の問題、というのは自らの子供の魔力を検査した結果、魔力なし、ということになった後の話のことだろう。
そういう場合、大抵の貴族は残念だったが仕方がない、と諦めるのだが、たまにいるのだ。
問題を起こす者というのが。
クレマンが苦笑してロメインに言う。
「なるほど、苦労が偲ばれますな……どうぞ、ご説明を。改めて聞くと言うのも知識の確認になって良いでしょう」
「では、ありがたく……。まず、検査自体についてなのですが、これはあまり難しいことはございません。ご子息にいくつかの魔導具に触れていただく。それだけです」
「昔は血液を採取したりするなどの必要がありましたな。便利な世の中になったものです」
「左様……私も自分が調べた時は血液を抜かれる方でしたからな。公爵がお調べになった頃くらいで最後でしょうか?」
「ええ。私も血を抜かれたと両親から聞かせられました。まぁ、血を一滴、というほどだったということでしたが」
「そうでしたか……。それで、続きですが、結果はすぐに分かりますので、その場で告知いたします。検査でわかるのは、魔力量と、体内魔力の属性的な偏りですな。それらの理論については奥方の方が私よりもずっとお詳しいでしょうが……」
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