第25話 説明
「私、一回死んだのよ」
一言目から、かなり無茶な話を言っているな、という自覚はあった。
けれども、これが全ての前提であり、ここから話を始めるしかないというのも真実だった。
これが受け入れられないというのならもう話せることは何もない。
そういう前提だからだ。
ただそうは言っても、受けいれられる可能性はかなり低いとは思っていた。
当たり前だろう。
誰が目の前に存在している人間が既に一度死んでいると思うのだろうか。
それも一般的にはまだまだ死ぬような年齢とはとても思えない二十歳そこそこの小娘のことを、である。
けれど、意外にもセリーヌは、
「……それで?」
と尋ねて来た。
「え?」
私はそのあまりの淡白な反応に驚く。
受け入れるにしても受け入れないにしても、もっと大きな驚きがあってもいいのにと、そう思ったからだ。
けれどセリーヌは首を傾げる私に言うのだ。
「え?って……それだけじゃないでしょう? 一回死んだ、それで終わりだったらどうして貴女の将来がこんなに大きく変わっているのか説明がつかないもの。まだ続きがあると思ったのだけれど……」
「確かにそうだけど……少しくらい驚かないの? それにそんなに簡単に信じてくれるの?」
「驚いていないわけではないわよ? それにまだ信じたわけではないもの。でも、話は最後まで聞かないと分からないじゃない。それに……エレイン。貴女が私に今、そんな嘘をつく理由があるとは思えないわ」
「そうなんだけど……ここまであっさりとそう言われるとこっちの方が驚いてしまうわね……」
「ふふ……逆の立場ね」
「え?」
「私が昔、《予言》の力について話した時、まさに貴女は今の私のような反応をしたわ。困惑する私に、同じように言って、ね。だから私もそういう風に考えるようになった……。一度死んだ、という話にしても、予言の力がある、という話にしても、信じがたいことなのは同じでしょう?」
「……そんなこともあったわね。なるほど、納得したわ。じゃあ続けるけれど……」
「ええ、お願い」
「私が死んだのは、今から大体三十年後のことになるわ」
「……ええと……?」
「ごめんなさい、わかりにくいわよね」
「いいえ……うーん、つまり貴女は一度、五十歳くらいまで生きて、そこで死んで、そしてもう一度人生をやり直している……そんな感じかしら?」
「まさにその通りよ。よく分かるわね」
「そうとしか解釈できないもの。じゃあ、貴女は二度目の人生を生きているのね……」
「ええ。でも厳密に言うなら、一番最初に戻ったわけではないわ。私が戻って来たのは、つい一年ほど前のことなの。死んで……気がついたら、ジークハルトを出産している最中でね。いろいろな意味で修羅場だったわ」
「……出産中に! なんだか笑ったら申し訳ないのだけれど……笑うしかないような物凄い状況ね」
「私も似たような気持ちだったわ。でも、かえってよかったかもしれない。そんな状況だったから、することはとりあえず出産すること、しかないじゃない。他のことは後で考えようと思って、なんというか……頭を冷やす時間が得られたわ。だから冷静になれたと思う」
「よく冷静になれるものね……私なら無理そう……」
「セリーヌはまだ子供が出来ていないものね」
でも、二年後に彼女は子供を出産することになることを私は知っている。
私のように四人も産んだりはしないが、長女を産んだ二年後に長男を生むことになるので全部で二人だ。
どちらも結局、ジークハルトが私の命で手にかけることになるので、それもまた顔向けができない話だが……いずれ謝るとして、今は私の状況を理解してもらうことに注力したい。
ただ、私の言葉でセリーヌは何か察したらしい。
「……まだですって? つまり私には子供が出来るのね……?」
私が死んだ、と言った時よりもよほど驚いた表情をしていた。
そういえば、前の時は子供を生んだのでその後はあまり頭には上らなかった話だが、セリーヌは子供は産めないだろう、と医者に言われていた記憶がある。
ブラストリー伯爵はそれでも構わないと言ってセリーヌと結婚したのであり、子供については親戚筋から養子を取ればいいと言って憚らなかった。
つまりは貴族の中では珍しい、恋愛結婚なのだ。
ただ、セリーヌもそのことについてはずっと懸念があったようで、ちゃんと夫には夫の血を継ぐ子供を持って欲しい、第二夫人を作ることも問題ないし、なんなら妾でも構わないとも言っていた。
けれど、実際にはしっかりとセリーヌはブラストリー伯爵家の継嗣を生むわけだ。
家自体、私が滅ぼしてしまったけれど……。
ともあれ、この事実については彼女に言ってあげた方がいいだろう。
そう思った私はセリーヌに言う。
「ええ、出来るわ。養子でも、第二夫人や妾の子でもなく、貴女と貴女のご主人の子供が、ね」
「そう、なの……! あぁ、エレイン。それだけでもここに来てよかったわ。まさかこんな話が聞けるなんて」
「未来を見られる貴女でも、自分のことだけは見ることができない……その力も万能ではないのよね。でも私ずっと思っていたのだけれど、周囲の人の未来を見たりすることで間接的に自分の未来を見ることはできないの?」
その辺りについて、前の時、セリーヌはできなくはない、というような言い方をして来た。
しかしどこか奥歯にものの挟まったような言い方であることも私は察していた。
それでも他の貴族と彼女を繋ぐのに不便はなかったから、触れないようにしていたのだが……今はもう聞いてもいいだろう。
これで私と彼女の関係がどうこうなるとは思わないから。
前の時は徐々にピリついていったので、小さなことでも聞くのに注意が必要になってしまっていたのだ。
これについてセリーヌは言う。
「出来なくはないわ。ただ、限界があって……自分の生死に関わることについてはモヤがかかったように見られないの。子供についても……多分、それが理由で見られないんだと思う」
「自分の生死ではないけれど、自分が作り出す命の生死に関することだから、というところかしら。難しいものね……」
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