第23話 告白
「……セリーヌ」
恐る恐る応接室に入ると、そこには堂々とした姿で紅茶を飲んでいる紫髪の女性が座っていた。
髪の色よりも僅かに薄いその瞳にははじめ、紅茶の色が映っていたが、私が部屋に入ると同時にその視線はこちらに向いた。
いつも夢見るような、それでいて人の本質を貫くような、不思議な色を帯びていたその瞳を見たのは、前のときの……まさにあの瞬間以来。
私には、彼女の美しげなその顔を直視することが出来なかった。
けれどセリーヌは違う。
ブラストリー伯爵夫人セリーヌは。
何せ、前のときのことなど、彼女は全く知らないのだから。
それでも私が彼女のことを見つめることが出来ないのは……あの時のことを申し訳なく思っていることに変わりはないから。
そして何よりも……そう。
彼女ならきっと私のことを見抜くだろう。
そう確信のようなものがあるからだ。
そう思うと、なんだか笑えてくる。
私は、変わった、と思っていたのに……結局、時が戻ってもあの頃の卑怯な自分のままではないか、とそう感じたからだ。
それではいけない。
正しく変わらなければ……これからのことを変えることなど、出来ない。
そして何よりも、あの時散ったセリーヌにも申し訳がない。
私は今回は、決して彼女を手にかけたりはしない。
そう思って視線を上げると、そこには私のことを優しげな微笑みで見つめる親友の姿があった。
「……エレイン! あぁ、久しぶりね。一年以上ぶり……かしら?」
そう言ったセリーヌの表情に、私を非難するようなものはなかった。
当たり前だ。
あの事件は、まだ起こってなどいない。
私は立ち上がったセリーヌのもとに近づき、手を広げて抱きしめた。
「セリーヌ……よく来てくれたわね。連絡できなくてごめんなさい。来てくれて嬉しいわ」
「あら……エレイン? どうしたのかしら。随分と力が入っているわ。こんなに強く抱きしめるのは、ご主人だけにしておいた方がいいのではなくて?」
「ふふっ……いいのよ。親友を抱きしめるのに主人の許可はいらないわ。それに、私、今すごくこうしたい気分だったの」
「エレイン……貴女、随分と変わったわね……?」
怪訝な声を出したセリーヌ。
私は抱きしめていた体を少し離して、首を傾げて尋ねた。
「変わった? どの辺りが?」
確かに私は私が変わったことはよく知っている。
けれど、セリーヌの目から見てどの辺が変わったのか、何も情報がない状態で聞いてみたかった。
あの夢の中で……彼女の力について私は鼻で笑って見せたけれど、今の私は彼女の力は本物だったのだと思っている。
というか、あの夢の中でも、内心はそう思っていた。
けれど……彼女のした予言が私たちにとってあまりにも不都合だったから、そうではないことにした、というだけの話だ。
あまりにも自分勝手な自分の過去の……いや、未来の所業に頭が痛くなってくるが、確かに私はそのようにしたのだ。
つまり私は彼女の力を恐れていたのだと言える。
しかし、今の私にとって、セリーヌの力は恐れるようなものではない。
むしろ私の未来を変えるための道標にもなりうるものだろうとすら思う。
彼女は親友であって、道具だとは思っていないが、しかし利用できるものは利用すべきなのは間違いない。
……こういうところが、将来私を暗い道へと進ませるのだろうが、あくまでも今回は、そうならないための努力である。
セリーヌも許してくれるだろう。
そして、セリーヌは私をその不思議な目で観察してから、言う。
「そう、ね……。まず、とても明るくなったわ。貴女はここに嫁ぐ少し前から様子がおかしかったから。元々持っていた清廉さ、貴女の美しいところが何か黒い絵具で塗りつぶされたかのように見えなくなっていた。けれど今の貴女は……本来の貴女に戻ったよう。今の貴女の魂は、とても眩しく輝いているわ」
「……そう。他には?」
「他には……貴女の未来のことね」
「未来?」
「そうよ。私の力、知っているでしょう? 両親と、マティアス、それに貴女にしか教えていない、私の力を」
そうだ。
この時代、まだセリーヌはその自らの力を公表していなかった。
彼女自身の両親と、夫であるブラストリー伯爵、そして私にしか打ち明けていなかった。
アマリアも知らず、だから彼女はこの部屋にはいない。
部屋の外で待って、誰も入れないようにするよう言ってある。
「ええ。《予言》の力、ね。未来を不完全ながら見ることができる、不思議な力。でも、貴女はあまり信じていなかったようだけど……」
そう、セリーヌはその力をあまり信じていなかった。
ただの夢のよう、とは彼女自身が常に言っていた言葉だった。
けれど、私は彼女の言葉が本当によく当たることを知っていた。
だから前の時は……それも、最初の方は、彼女のことを褒め、多くの人と縁を繋げるように尽力した。
ただ、その目的は歪んでいたけれど。
《予言》の力を欲する貴族は数多くいる。
古くから存在すると言われていても、実際に生まれることは滅多にない特別なその力を。
その恩恵を少しでも得られるなら……かなりの便宜を図ってくれる。
そうなるように私は立ち回ったのだ。
ただ、セリーヌは賢い女性だった。
私の生き方が歪んで行くにつれ、それを見抜き、正しい方向へと進めるように独自に動き出した。
そしてその行き着いたところが、今日見た夢の中での出来事。
だから、彼女の不幸は全てが私のせいだった、と言えるだろう。
そのために、彼女にはとても申し訳ない、という気持ちが拭えないのだ。
そんなセリーヌが、言う。
「ええ……でもエレイン。貴女だけは、すごいと、それは本当に稀有な力だと褒めてくれた。だから私、自信……というほどではないけれど、今はこの力を信じているの。それでね……あの」
言いにくそうな表情になったので、私は首を傾げる。
「どうしたの?」
「……ううん。ごめんなさい。言いにくくて」
「……なぜ?」
「……私ね、実は、定期的に、貴女の未来を見ていたの。力を使って」
それは意外な告白だった。
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