第22話 親友
「……あぁ、母上。ご到着されたのですか。良かった。もう終わっておりますよ」
王都にあるファーレンス館から馬車でここにやってきた私に、ジークハルトは心の底から嬉しそうに微笑みながらそう言った。
そう、心の底から。
彼の背後には燃え盛る館があり、そして足元にはこの館を守っていた幾人もの騎士や使用人たちが事切れているというのに、だ。
ただ、そんな異様な状況にあって、私もまたその光景には喜びしか感じなかった。
なぜなら、これを指示したのは私に他ならないのだから。
つい先日、宰相付きの文官となったジークハルトだが、必ずしもその能力は事務能力のみに割り振られた訳では無い。
私の子供たちは皆優秀だ。
誰もに特別な力が宿っている。
ジークハルトもまた、その例外では無い。
文官に過ぎないはずの彼が、たった一人でこの館……ブラストリー伯爵家の持つ館に襲撃し、そして制圧しきれたのは。その力のゆえだった。
「ジーク……よくやってくれたわね。これで、私たちの前に立ち塞がる余計なものは何もなくなったわ。くだらない予言者の横槍など、私たちファーレンスにとっては小さな蟻にたかられたようなものだけれど、憂いがあるなら、しっかりと拭っておかなくちゃね」
私の言葉にジークは頷いて微笑み、その至銀の髪に炎の色を反射させながら、自らの足元で蠢く一人の女性の右手を踏みつける。
「うぐっ……」
「やれやれ。セリーヌさん。僕は貴女のことは大好きだったんですけどね。でも、僕たちのことを国王陛下に話したことは認められない。ええと、なんだったっけ? 《国王の右手 死に魅入られ その短剣を主君の胸元に向ける》だったか。国王の右手……ふむ。誰のことかな」
「……古くから、その、名で呼ばれて、いる、のは……貴方達、ファーレンスの血筋……」
「あぁ、そうだったそうだった。つまり、僕らが国王陛下を裏切ると、貴女はそう、予言した訳だ。確か、貴女は僕の母とは親友の間柄だったと思っていたけれど?」
「今も、そのつもり、よ……」
呻くように言いながら、しかし目の光の失われていないセリーヌは、私の方に視線を向け、
「……エレイン。かつて言ったでしょう? 貴女の、行先には……暗い星が見える、と。道を、見失わないで、と……それなのに、貴女は……」
「私は何も見失ってなどいないわ。今も将来には輝く星が見える。玉座にはクレマンが、その傍には私が。次代はジークハルトが継ぐ……そして、ファーレンス王室がそこから始まるのよ。素敵じゃ無いかしら? セリーヌ。貴女はそれを予言し、広めるだけでよかったのに」
「嘘は、予言、出来ない。その未来は……存在しないわ……。エレイン、お願い、目を、覚まして……」
涙を流すセリーヌ。
その瞳の中に覗く感情は、確かに私のことを心配してのものだと分かる。
だからこそ……私は。
「ふふ……あはははっ! 目を覚まして、ですって? 私はずっと正気よ。なぜ貴女がそれを疑うのか分からないわ。私の望む未来がないと貴女は言うけれど……今日この時を、貴女は予言できたのかしら? 所詮、貴女の予言など……ただの夢のようなもの。今までたまたま当たっていた戯言にすぎないのよ。人を見る目など、貴女には、ないの」
しゃがんで一言一言を叩き込むようにセリーヌに言った。
彼女は私を辛そうな表情で見つつ、しかし決して反論はしなかった。
きっと、何も言い返す言葉が見つからないのだろう。
何せ、私の言っていることは全て事実だろうから。
もしも彼女が本当に予言をしていたというのなら、自らの滅びる今日この時を、知らないはずがない。
自分のことは予言できない、と彼女は言ったことがあるが……彼女の周りの使用人や騎士たちについてはそうではない。
間接的に予言する方法は、ある。
それなのに、彼女は何の対策もできなかった。
それが彼女の力の有無を物語っている。
私のことも……数十年来の友人である私のことも、彼女はずっと欺いていた訳だ。
それも、許せることではなかった。
……いや。
それが、許せることではなかったのかもしれない。
セリーヌは諦めたように息を吐き、私に言った。
「……これから、どうする、つもり、なの……今なら、まだ、なんとか、なる……諦めて、逃げて……」
「さようなら、セリーヌ。私の親友」
私はそう言って、ジークに頷いて見せた後、その場から背を向ける。
「セリーヌさん。それじゃあ、未練はないね? またいつか、会おうか。きっと僕ら、貴女と同じ地獄に行けるから……」
ーーザシュ。
と、何かが切り裂かれる音が後ろから聞こえた。
私は振り返らず、馬車に向かった。
少しだけ、泣いたかもしれない。
それはかつての友人に対する手向けだった。
◆◆◆◆◆
「……っ!?」
ガバッ!!
とした勢いで私は寝台から起き上がった。
周囲を見れば、そこはファーレンス公爵領の領館、私の寝室で……決して王都のファーレンス館ではない。
さっき見た光景は……。
「……夢、ね。心臓に悪い夢だわ……」
そう、本当に心臓に悪い。
といっても、ただの夢ではない。
私がかつて体験したこと。
前の時、確かに私がやらかしたことに他ならない。
セリーヌ。
昔からの私の友人で、誰よりも私のことを気にかけてくれた人。
だが、こうして時間が戻ってから彼女に連絡を取れていない。
正確に言うなら、向こうからは何くれとなく連絡は来るのだが……返信をしていない。
あんなことがあったのだ。
今のセリーヌが何も知らないとしても、だからと言ってどんな顔で彼女に会えばいいものか、分からなかった。
それにしても……。
「……随分と、頭がおめでたかったわね、私……」
改めて夢で追体験して、そう思った。
何一つとして強調されていないし、あったことそのままの夢だったが、今の自分の感覚で見ると……あまりにも私の思考はおかしかった。
色々あって、あそこまでなってしまっていた。
そう考えるのは簡単だが……本当にそうだったのだろうか……?
そう思ったその時、
「奥様!」
と言う声と共にアマリアが部屋に慌てた様子で入ってきた。
私は驚き、
「ど、どうしたの?」
と尋ねると、彼女は息を上らせたまま、答えた。
「セ、セリーヌ様がいらしています! 応接室に……! どうぞ、ご支度を……!」
読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、面白くなりそうと思われましたら、下の方にスクロールして☆を押していただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。
ブクマ・感想もお待ちしております。