第21話 殲滅
ゴブリン魔導剣士の恐ろしいところは、ナイト系の身体能力の高さ、そして武具を操る技術を持っている上に、魔術についてもメイジ系を上回る威力と速度で放ってくるところだろう。
つまり、一匹で前衛後衛のいずれをもこなせる能力を持っているということに他ならない。
どんなところにいても活躍できるオールラウンダーなのだ。
この特性は、ある意味でゴブリンジェネラルよりも厄介なところがあると言えた。
ゴブリンジェネラルなどのいわゆる統率力にその能力の多くを特化させて進化した個体は、武術的に優れているか魔術的に優れているかのどちらかに寄りやすい。
使えないというわけでは無いのだが、実際今、ワルターと戦っているゴブリンジェネラルは大鉈の扱いに長けているようだが魔術の方はさほどでも無い雰囲気だ。
それを見て、ワルターは自分にはあちらの方が戦いやすい、と言ったのだろう。
ワルターも魔術を使えないわけではなさそうだが、強力な魔術盾などを駆使しながら戦われるといささか対応が面倒なのだと思われる。
それに……ワルター自身が、どちらかと言えば武術系の人間だから、というのもあるだろう。
わかりやすく言えば戦闘狂というか。
そういう意味でゴブリンジェネラルの方が楽しめる、というのもあったのだろう。
その点、私の方はどうかと言えば、そこまで戦闘狂というわけでは無い。
嫌いでは無いのだが、ギリギリの命のやりとりを好むというタイプでは無いのだ。
だから、申し訳ないがゴブリン魔導剣士についてもハメ殺しのような方法で戦うことにする。
「……氷の槍!」
まずは小手調べ、というわけでは無いが氷の槍を複数本生み出し、ゴブリン魔導剣士に放った。
かなりの速度であるはずだが、ゴブリン魔導剣士はいずれも器用に避けつつこちらに突っ込んでくる。
体には身体強化がかかっているのが見え、魔術の素養があることを感じさせる戦い方だ。
私の目の前にたどり着いたゴブリン魔導剣士は剣を振りかぶり、頭部を狙ってくる。
一撃で絶命を狙うあたり、このゴブリン魔導剣士も私と似たようなタイプで、戦闘に楽しみを、というよりは目的達成のための手段と考える性格をしているのかもしれないと思った。
妙な共感を覚えつつ、しかし共感のために首を狩られるわけにはいかない。
魔術盾を強化し、剣を弾き飛ばす。
ゴブリン魔導剣士は魔術盾が張られていても抜く自信があったようで、少し驚いていたが、すぐに立て直して弾かれた剣を今度は突きへと転換させた。
剣先に魔力の集約を感じる。
この技法は今の時代の人間には無いもので、このゴブリン魔導剣士には才能を感じた。
もしかしたらこのまま成長していけば相当に危険な存在になったかもしれない。
そうも思ったが、
「……油断があったわね」
私がそう呟いたのを聞いたか聞かないか。
ゴブリン魔導剣士の腹部から氷の槍が複数本、伸びていた。
緑色の血がゴブリン魔導剣士の口から吐き出され、徐々にその瞳から光が失われていく。
剣の先に宿った魔力光も減衰し、そして完全に消えたのだった。
氷の槍。
あれは先ほど射ったもので、避けられた後軌道を操って、ゴブリンを背後から狙ったのだ。
通常、打ち出された魔術の軌道を操ることは難しく、このような扱い方をする魔術師にはまだ出会ったことがなかったのだろう。
だから、油断があったわけだ。
私にとっては幸運、でもゴブリン魔導剣士にとっては不運だった。
……と、それよりも。
「……次はゴブリンジェネラルね」
少し離れた位置で戦うワルターとゴブリンジェネラル。
そちらへ加勢しに行くことにする。
「……ふう。引退した身にはこれほどの相手は流石に堪えますな」
呟くワルターの姿を見てみれば、かなり疲労が溜まっているようで、少しばかり息が荒いようだった。
ただ、傷はほとんどなく、対してゴブリンジェネラルの方はかなり満身創痍だった。
……どこが引退した身なのだろうか。
十分に現役である。
加勢も不要に見えたが……。
「……む?」
ワルターがそう首を傾げたのは、ゴブリンジェネラルの様子が変わったからだ。
その持っている大鉈から何か、黒いものが吹き出している。
「呪武具ね、あれは」
私がワルターの背後から近づきつつそう言うと、彼も私に気づいたようだ。
「呪武具ですか……気付きませんでしたな」
呪武具、それは神や精霊、悪霊や魔術によって呪われた武具の総称であり、その内実は千差万別だ。
ただ、共通しているのはその使用に多大なるデメリットがあること。
実際、呪武具の効果を発動させようとしているゴブリンジェネラルの体からはミチミチとした不穏な音がしている。
身体能力を強化するものなのだろうが……限界を超えるほどのものなのか、かなりの負担をかけているのだろう。
さらにその目から理性の輝きも消えていく。
魔物だとて、このような拠点を作るのだ。
それなりの理性はある。
先ほどまでのゴブリンジェネラルにも確かに理性はあり、彼なりの合理性を持って動いていた。
けれど今のゴブリンジェネラルにそれは無い。
まるで完全に獣になったように雄叫びを上げ、そして地面を踏み切った。
「奥様!」
「私のことは気にしないでいいわ!」
ワルターとそう言い合いつつ、二人して散開する。
次の瞬間、今まで私たちのいた場所に大鉈が叩きつけられた。
地面の土がクレーター状に抉られ、その攻撃の凄まじさを教える。
「理性を失うだけの効果はありますな。これは早々に倒しませんと」
「そうね。私が動きを止めるから、止めをお願い」
「承知いたしました!」
理性を失うほどの力を得て脅威度は上がったように思えるが、実際のところ私にとっては状況をコントロールしやすくなったと言える。
「……地縛鎖!」
呪文を唱えると同時に、地面の土が不自然に盛り上がり、ゴブリンジェネラルの体、その下半身部分を飲み込んだ。
ゴブリンジェネラルはしかし、それすらも破壊すべく大鉈を振り回すが、流石に動きは鈍っている。
その瞬間を見逃すワルターではなく、
「……これで終わりです」
ゴブリンジェネラルの背後を取り、その首筋に向かって短刀を振った。
くるくると飛ぶ、ゴブリンジェネラルの太い首。
そのまま地面に落ちてしまうと損傷が激しくなってしまうので、私はそれをキャッチすべく落下地点に走る。
「……おっと。あー……血が」
キャッチはうまくいったが、服がゴブリンの緑血でビシャビシャになる。
まぁ、もともと汚れてもいいものだったので構わないのだが、あまり気分は良くない。
顔にも結構ついてしまっている。
ワルターは慌てて私に近づき、
「申し訳ありません……首を必要とされているとは思わず」
「あぁ、私が言わなかったのが悪いからいいのよ」
「ちなみに、何に使われるおつもりで?」
「一つは、ちゃんと討伐したって民衆に見せるためね。もう一つは、これ、魔導具作りの素材にいいのよ。同じ理由でゴブリン魔導剣士の素材も確保するわ」
「なるほど……承知しました」
そうして、《ゴブリンの軍勢》の殲滅は終わったのだった。
いうまでもなく、大勝利である。
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